皇朝
こうちょう
名詞
標準
imperial court
文例 · 用例
それは、ロマノフ皇朝の末期、一九一六年十二月十六日、金曜日の夜のことであった。
— 国枝史郎 『世界の裏』 青空文庫
しかし、その次の瞬間には、氷塊の流れているネバの河水が、この露国宮廷と、上流社会とを腐敗させ、君寵を頼んで、政治外交にさえ口を入れ、ロマノフ皇朝を没落させた、稀世の妖僧の死骸を呑んだ。
— 国枝史郎 『世界の裏』 青空文庫
浅田|栗園の皇朝医史には此人のために伝が立ててあるさうであるが、今其書が手元に無い。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
皇朝分類名家絶句等に其作が載せてある。
— 森鴎外 『壽阿彌の手紙』 青空文庫
皇朝分類名家絶句の事は、わたくしは初め萩野由之さんに質して知つた。
— 森鴎外 『壽阿彌の手紙』 青空文庫
『九通』(『文獻通考』『續文獻通考』『皇朝文獻通考』『通志』『續通志』『皇朝通志』『通典』『續通典』『皇朝通典』をいふ)の如き、全部約二千三百卷の浩瀚なるもので全く通讀せられた。
— 桑原隲藏 『那珂先生を憶ふ』 青空文庫
前の李衞(『皇朝經世文編』正編卷六十九、禮政)を始め、後の陶保廉(『辛卯侍行記』卷三)や朱一新(『無邪堂答問』卷二)に至る迄、主として廢祀無父といふ點でキリスト教に反對する。
— 桑原隲藏 『支那の孝道殊に法律上より觀たる支那の孝道』 青空文庫
また『皇朝經世文編初續』中に收めてある、闕名氏の「天主邪教入中國攷」にも、 且僞造大秦景教流行碑。
— 桑原隲藏 『大秦景教流行中國碑に就いて』 青空文庫
標準
Japan