康熙
こうき
名詞
標準
Kangxi era (of emperor Shengzu of Qing; 1661-1722)
文例 · 用例
女仙外史一百回は、清の逸田叟、呂熊、字は文兆の著すところ、康熙四十年に意を起して、四十三年秋に至りて業を卒る。
— 幸田露伴 『運命』 青空文庫
それは康熙年間の某夏の午後のことである。
— ――序に代へて―― 『涼亭』 青空文庫
淵鑑類凾三一五に、厥口呪詛、言怨上也、子罕曰、宋國區々、有詛有呪、亂之本也、康熙字典に、書無逸を引て、民否則厥心違怨、否則厥口詛祝、是等は惡政に堪ざる民が、爲政者を詛ふので、詩に出此三物、以詛爾斯、また晏子曰、祝有益也、詛亦有損、雖其善祝、豈勝億兆人之詛者とも有る。
— 南方熊楠 『詛言に就て』 青空文庫
鬆は髮亂と康熙字典に出づ。
— 南方熊楠 『蓮の花開く音を聽く事』 青空文庫
『池北偶談』二六に、〈釈典に三必死あり、いわく人の老病、竹の結実、騾の懐胎、しかるに康熙某年、旗下人の家に、騾ありて子を生みついに恙なし〉。
— 馬に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
康熙帝が三藩を平げて支那を支配する形勢が定まつてより、明史編纂の爲め多くの學者を北京に集めた。
— ――史記より清初まで―― 『支那史學史概要』 青空文庫
顧炎武の方は、彼の甥に徐乾學があり、康熙帝の氣に入りで、晩年南方に歸つて太湖の洞庭山に學者を集めて清一統志を編纂することを許され、ここに又多くの學者が集まつた。
— ――史記より清初まで―― 『支那史學史概要』 青空文庫
『女官御双紙』に「此大君は三十三君の最上なり、昔は女性の極位にて御座しゝに大清康熙六丁未年王妃に次ぐ御位に改め玉ふなり」ということがあります。
— 伊波普猷 『ユタの歴史的研究』 青空文庫
作例 · 標準
清朝の黄金時代を築いた康熙帝の治世は、60年以上の長きにわたった。
幻辭AI · gemini-3-flash-preview
中国語辞典の原点ともいえる『康熙字典』は、現代の漢字研究にも大きな影響を与えている。
幻辭AI · gemini-3-flash-preview
康熙年間に作られた磁器は、その洗練された美しさから世界中のコレクターに珍重されている。
幻辭AI · gemini-3-flash-preview