貴紳
きしん
名詞
標準
noble
文例 · 用例
何しろ明治二、三年頃、江漢系統の洋画家ですら西洋の新聞画をだも碌々見たものが少なかった時代だから、忽ち東京中の大評判となって、当時の新らし物好きの文明開化人を初め大官貴紳までが見物に来た。
— ――過渡期の文化が産出した画界のハイブリッド―― 『淡島椿岳』 青空文庫
何しろ当夜の賓客は日本の運命を双肩に荷う国家の重臣や朝廷の貴紳ばかりであった。
— ――新文学の曙光―― 『四十年前』 青空文庫
当時の大官貴紳は今の政友会や憲政会の大臣よりも遥に芸術的理解に富んでいた。
— ――新文学の曙光―― 『四十年前』 青空文庫
朝には買出しの包みを背負って、駄菓子問屋の者たちから「姐さん」とよばれ、午後には貴紳の令嬢たちと膝を交えて「夏子の君」と敬される彼女を、彼女は皮肉に感じもした。
— 長谷川時雨 『樋口一葉』 青空文庫
芸妓の鼻息はあらくなって、真面目な子女は眼下に見下され、要路の顕官貴紳、紳商は友達のように見なされた。
— 長谷川時雨 『明治美人伝』 青空文庫
有明楼おきくは、訥升沢村宗十郎の妻となって――今の宗十郎の養母――晩年をやすらかに逝ったが、これまた浅草今戸橋のかたわらに、手びろく家居して、文人墨客に貴紳に、なくてならぬ酒亭の女主人であった。
— 長谷川時雨 『明治大正美女追憶』 青空文庫
いかな高貴の人柄というもはずかしくない、ねびととのった姿で、その日は、貴紳、学者、令嬢、夫人の多くのあつまりであったが、優という字のつく下に、美と、雅と、婉と、いずれの文字をあてはめても似つかわしいのはこの人ばかりであると、わたしの眼は吸いつけられていた。
— 長谷川時雨 『大橋須磨子』 青空文庫
中に東西両大門街が商賈の街として最も賑つてゐるが、貴紳富豪の邸宅は他の都市と同じく裏街に散在してゐる。
— 附 満蒙の歌 『満蒙遊記』 青空文庫
作例 · 標準
舞踏会には、国内外の貴紳たちがきらびやかな衣装で集っていた。
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彼は、あの時代の貴紳にふさわしい教養と品格を兼ね備えていた。
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かつての貴紳の邸宅は、現在では一般公開されている。
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