西紀
せいき
名詞
標準
Christian era
文例 · 用例
そうしてかような資料は、西紀三世紀の頃の『魏書』をはじめとして、支那歴代の史書や、日本の上代の金石文などの中にもあるけれども、それらはいずれも分量が少なく或る一時代の音韻全般にわたってこれを知ることは出来ない。
— 橋本進吉 『国語音韻の変遷』 青空文庫
西紀は河内の地震が四百十六年で、大和の地震が五百九十九年である。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
孔子の出生は、普通に『史記』に據つて、魯の襄公二十二年(西紀前五五一)となつて居るが、之は『公羊傳』や『穀梁傳』に據つて、襄公の二十一年の出生とする方が正しい。
— 桑原隲藏 『支那史上の偉人(孔子と孔明)』 青空文庫
哀公の十六年(西紀前四七九)に、七十四歳で世を辭されたのである。
— 桑原隲藏 『支那史上の偉人(孔子と孔明)』 青空文庫
その内政上の蹉躓が原因となつて、孔子は定公の十三年(西紀前四九七)に、魯の政界から退いた。
— 桑原隲藏 『支那史上の偉人(孔子と孔明)』 青空文庫
電灯公司の中村信さんは附近の古墳から近年出た古銭の数品、君林先生は清朝の乾隆帝の三十三年(西紀一七六八)に満洲の旗人福會と云ふ人に帝から与へた恩封の帛書一巻を携へて来て、何れも私達に恵まれた。
— 附 満蒙の歌 『満蒙遊記』 青空文庫
現在の城は清の道光五年(西紀一八二五)の建造で、周囲二邦里弱、伊通河の左岸に臨んで東西に不規則な長方形を成してゐる。
— 附 満蒙の歌 『満蒙遊記』 青空文庫
清の太宗の天聡五年(西紀一六三一)の築造である。
— 附 満蒙の歌 『満蒙遊記』 青空文庫
作例 · 標準
西紀2000年を機に、多くのシステムで年号の処理が問題となった。
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この歴史書では、出来事が西紀と和暦の両方で記載されている。
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彼の研究論文は、西紀よりもさらに古い時代の地層を対象としている。
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