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海関

かいかん
名詞
1
標準
maritime customs taxes
文例 · 用例
支那では北京政府が二十万|元を支出して送金して来た外、これまで米殻輸出を禁じていたのを、とくに日本のために、その禁令をといたり、全国の海関税を今後一か年間一割ひき上げて、それだけを日本へおくることを発表しました。
鈴木三重吉 大震火災記 青空文庫
十七世紀に支那に宣教したナヴワレッテがキリスト教を奉ずる支那人に聞いたは、その頃百また二百虎群を成して広東より海関に至る、旅人百五十人以上隊を組むにあらざれば旅し得ず、これがため僅々数年間に五万人死せりとは大層な話ながらかかる話の行わるるを見て如何に虎害が支那に繁かりしかを察せらるる。
虎に関する史話と伝説民俗 十二支考 青空文庫
海関の尖塔が夜霧の中で煙り始めた。
横光利一 上海 青空文庫
いつだつたか、同国の政府が、外国産の果樹を成るべくどつさり移植して、かうした果物の供給で、余り外国に金を払ひたくないといふので、外国産の果樹輸入は無税にするといふ海関税法を拵へた事があつた。
大正六(一九一七)年 茶話 青空文庫
しかれどもある人はいふ「近衛師団は全国の精鋭を集めしかもまさに山海関方面に向はんとせりとの風説ありき。
正岡子規 従軍紀事 青空文庫
近衛師団は気の毒にも山海関に向はずして台湾に向ひ苦戦に日を送りしかども新聞記者はろくにこれを記さず世人はかへつて師団を誹るに至りぬ。
正岡子規 従軍紀事 青空文庫
「遼東」の古意は「遼東文献徴略」の著者の研究に拠ると、後世のやうに狭いもので無く、渝関(山海関)以東、今の東三省全部と熱河東部に亘る広大な地域の総称であつた。
附 満蒙の歌 満蒙遊記 青空文庫
奉天に著く 公主嶺から以南は遼河平原と称せられ、遼河の流域に属して、奉天省の全面積の五分の一を占め、南満洲の東部山地と遼西山地との間に、北東から南西に伸びて山海関に達する、広大にして肥沃な平原で、もと蒙古の遊牧地であつた所も、今は漢人の勤労に由つてよく耕され、大豆、高粱其他の穀物の産地となつてゐる。
附 満蒙の歌 満蒙遊記 青空文庫
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中国で、清朝が開港場に設置した税関。海禁政策解除に伴い、康熙24(1685)年に江(上海)、浙(寧波)、閩(廈門)、粤(広州)の4海関が設置された。民間貿易の徴税により巨利をあげ、清朝の大きな財源となった。1757年から外国貿易は広州(広東)一港に限られたが、1842年南京条約により上海・寧波・福州・厦門・広州の5港が開港され、天津条約 (1858年)でさらに開港場が追加されると、その管理に外人税務司制度が採用された。この新制度による海関は、旧制度の旧関あるいは常関に対して新関あるいは洋関とよばれた。

出典: 海関 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0