宋代
そうだい
名詞
標準
Song dynasty (of China; 960-1279)
文例 · 用例
」「何でも、へい、世間の噂には、江都の詩人汪先生は、友達が宋代とやらの詩を貶したからといって、えらく腹に据えかねて、いきり立って議論を吹っかけたので、近くの樹にとまっていた小鳥が、みんな逃げてしまったそうに聞きました。
— 薄田泣菫 『艸木虫魚』 青空文庫
「わたくしは宋代の怪談総まくりというような役割でございますが、これも唐に劣らない大役でございます。
— 異聞総録・其他 『中国怪奇小説集』 青空文庫
然るに、元の大徳二年の春、潮が塩官州をおかして、氾濫すること百余里、その損害は実におびただしく、潮は城市にせまって久しく退かないので、土地の有力者は前にいった宋代の例を引いて、江浙行省に出願し、天師をむかえて潮を退けることになった。
— 続夷堅志・其他 『中国怪奇小説集』 青空文庫
天師が到着したのは四月十三日で、あたかも宋代の時と同日であるので、人びとも不思議に思った。
— 続夷堅志・其他 『中国怪奇小説集』 青空文庫
シナの道徳には哲学的方面の発達が甚だ乏しいが、宋代以後の思想は頗るこの傾向がある。
— 西田幾多郎 『善の研究』 青空文庫
支那肖像畫の流行は、唐以來滋※盛んにして、士大夫の間まで擴がり、以て宋代に及びしことは事實なれども、肖像畫の優れたるものは寧ろ唐代にありし事は、眞言五祖像によりても想像され、已に其時代の詩集等に肖像に關係せる詩文等多く現はる。
— 内藤湖南 『日本の肖像畫と鎌倉時代』 青空文庫
宋代となりてより此風は一般に擴がり、殊に肖像畫について多く用ゐたる、自分の肖像と言ふ意味の「陋容」「陋質」と言ふ語の如き、禪家以外の宋代の士大夫も之を用ゐたり。
— 内藤湖南 『日本の肖像畫と鎌倉時代』 青空文庫
大體、宋代の繪畫は、これを全體より通論するも、人物畫の盛なりし時には非ず、人物畫の盛期は既に唐代に於て通過したり。
— 内藤湖南 『日本の肖像畫と鎌倉時代』 青空文庫