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北宋

ほくそう
名詞
1
標準
Northern Song dynasty (of China; 960-1127)
文例 · 用例
詳しく言えばその中にも南定と北定とあって、南定というのは宋が金に逐われて南渡してからのもので、勿論その前の北宋の時、美術天子の徽宗皇帝の政和宣和頃、即ち西暦千百十年頃から二十何年頃までの間に出来た北定の方が貴いのである。
幸田露伴 骨董 青空文庫
詳しく言へば其中にも南定と北定とあつて、南定といふのは宋が金に逐はれて南渡してからのもので、勿論其前の北宋の時、美術天子の徽宗皇帝の政和|宣和頃、即ち西暦千百十年頃から二十何年頃までの間に出来た北定の方が貴いのである。
幸田露伴 骨董 青空文庫
接物宜従厚「物に接するに宜しく厚きに従うべし」というのは黄山谷(中国北宋時代の書家、詩人、文学者)の詩の句である。
幸田露伴 努力論(現代訳) 青空文庫
その役にも立たない有様は、智永(中国の陳・隋時代の僧であり書家)が永い年月の間、書道を学んで終にものに出来なかったことを、米元章(中国の北宋末の文学者・書家・画家)が嘲って、「憐れむべし智永、空臼を研す」『寄薛氏詩』と言ったように、物が入っていない臼をいじりまわして日を送るのに酷く似ている。
幸田露伴 悦楽(現代訳) 青空文庫
程子(中国・北宋時代の儒学者、兄が程祀燔柴の様な、「浄め祭る(※祀)をもって儒教における宇宙の最高神(昊天上帝)を祀る」『周礼(春官・大宗伯)』と云うのもある。
幸田露伴 悦楽(現代訳) 青空文庫
范純仁(中国、北宋の政治家)が経筵の進講(国王への経書の講義の席)で、この不慍の章を説明して言う、これ即ち、「小人が汝を怨み・汝を罵るといえば、則ち大いにその行を慎む」『書経(無逸第十九)』という意味であると。
幸田露伴 悦楽(現代訳) 青空文庫
であるからこそ、張横渠(中国、北宋時代の儒学者)もこの事情を知って、「孔子|甚だ辛苦を喫し来る」と云うのである。
幸田露伴 悦楽(現代訳) 青空文庫
程子(中国北宋の儒学者、兄が程※・弟が程頤)がこの章を語って、「聖人が教を設けたのは、人々の家ごと戸ごとに喩し覚らせることを欲しないのではないが、その教の趣旨を覚らせることが難しいので、手本を示して由らせるのである。
幸田露伴 一貫章義(現代訳) 青空文庫
作例 · 標準
北宋時代は、中国文化が大きく花開いた時期だった。
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彼は北宋の陶磁器のコレクターとして有名だ。
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教科書には、北宋の文人画に関する記述が多くあった。
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