皇典
こうてん
名詞
標準
Japanese classics
文例 · 用例
明治三十四年五月、東京|麹町区飯田町の皇典講究所では神職の講習会があった。
— 田中貢太郎 『神仙河野久』 青空文庫
その次に来たるべきは皇典保守論派とも言うべきものなり。
— 陸羯南 『近時政論考』 青空文庫
しかれども吾輩はこの新論派を叙するに先だちて名称の新しき他の三論派すなわち大同論派、自治論派、皇典論派を略説せんと欲す。
— 陸羯南 『近時政論考』 青空文庫
第四 皇典論派 皇典論派もまた旧帝政論派の遺類にして皇道をもって天下を治めんと欲するものなり。
— 陸羯南 『近時政論考』 青空文庫
民権自由の説のごときは日本に唱うべからず、以上は皇典論派の大意なるがごとし。
— 陸羯南 『近時政論考』 青空文庫
尤も皇典科は藩地で多少それを研究していた神官連を用い、医療科は医者のいくらか学理を心得ているものを用い、算数科も藩地でも名を取っている数学者を用いた。
— 内藤鳴雪 『鳴雪自叙伝』 青空文庫
東京飯田町の皇典講究所に後ちになった処がその邸宅で表は飯田町通り裏はお壕の土堤でその広い間をブッ通して占めていた。
— 牧野富太郎 『植物記』 青空文庫
東京飯田町の皇典講究所にのちになったところがその邸宅で、表は飯田町通り、裏はお壕の土堤でその広い間をブッ通して占めていた。
— 第一部 牧野富太郎自叙伝 『牧野富太郎自叙伝』 青空文庫
作例 · 標準
皇典講習会で、参加者は日本の古典文学について学んだ。
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「皇典を学ぶことで、我が国の伝統文化への理解が深まるでしょう。」
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彼は、皇典の研究者として著名な人物です。
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