元正
がんしょう
名詞
標準
New Year's Day
文例 · 用例
義元正直に受取って豊政を呼び返して殺し、次いで左馬助をも疑って、之も呼び寄せて殺してしまった。
— 菊池寛 『桶狭間合戦』 青空文庫
又和銅四年には、勅命を承けて太安万侶が、稗田阿礼の口授に依つて、古事記を筆録し、翌年これを完成して上り、又|元正天皇の御代には、舎人親王が勅を奉じて、日本書紀を撰せられてゐる。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
其處でその翌朝、私は奈良坂の上までバスで行き、元明、元正兩天皇の御陵のあたりから大體の見當をつけて、山のなかへはひつて行つた。
— 堀辰雄 『黒髮山』 青空文庫
元明・元正二帝も、大事件の生じなかつた為か、何の痕跡も残つてゐない。
— 折口信夫 『相聞の発達』 青空文庫
やまびとや、誰(舎人親王――万葉巻二十)この歌では、元正天皇がやまびとであり、同時に山郷山|村(添上郡)の住民が、奈良宮廷の祭りに来るやまびとであつた。
— 祭りの発生 その一 『ほうとする話』 青空文庫
父帝なる文武天皇は曾祖父、元明帝は祖母、元正帝は母と言ふ形に表され、而も皆一つの天皇であつて、天神の顕界に於ける応身(御憑身)であり、当時の理会では、御孫であつた。
— 唱導的方面を中心として 『国文学の発生(第四稿)』 青空文庫
聖武帝の御心も、元正帝の御心も、同一人の様な感情や待遇で示されてゐる。
— 唱導的方面を中心として 『国文学の発生(第四稿)』 青空文庫
(元正紀)宮廷に於ける呪詞も此径路を踏んで発達してゐるので、令義解の解説――細字の部分――は、必しも古い形を説明してはゐない。
— ――その基礎論―― 『日本文学の発生』 青空文庫
作例 · 標準
宮中では、元正に天地を祀り国家の平安を祈る儀式が執り行われた。
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古来より元正は、新たな年の始まりとして特別な意味を持つ日とされてきた。
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平安時代の貴族たちは、元正の朝に歳神を迎え、宴を催したという。
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元正の挨拶回りは、現代のお正月と変わらぬ風習だったようだ。
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