魏
ぎ
名詞頻度ランク #19901 · 青空 1772 例
標準
Wei (kingdom in China during the Three Kingdoms period; 220-266 CE)
文例 · 用例
そうしてかような資料は、西紀三世紀の頃の『魏書』をはじめとして、支那歴代の史書や、日本の上代の金石文などの中にもあるけれども、それらはいずれも分量が少なく或る一時代の音韻全般にわたってこれを知ることは出来ない。
— 橋本進吉 『国語音韻の変遷』 青空文庫
雲のさま 韓雲は布の如く、趙雲は牛の如く、楚雲は日の如く、宋雲は車の如く、衛雲は犬の如く、周雲は輪の如く、秦雲は行人の如く、魏雲は鼠の如く、斉雲は絳衣の如く、越雲は龍の如く、蜀雲は※の如し、と云へるはいとをかし。
— 幸田露伴 『雲のいろ/\』 青空文庫
加賀の鼬雲、安房の岸雲、播磨の岩雲などは、其土の人々の雲の形を然思ひ做して然呼び做したるなるべければ、魏雲鼠の如く斉雲絳衣の如しなどいへるも、魏斉の俗に鼠雲絳衣雲等の称ありて後云ひ出せることにや。
— 幸田露伴 『雲のいろ/\』 青空文庫
吾聞く、魏の明帝、洛水に遊べる事あり。
— 泉鏡花 『聞きたるまゝ』 青空文庫
魏の武帝の宮人は眉を調ふるに青黛を以つてす、いづれも粧ふに不可とせず。
— 泉鏡太郎 『唐模樣』 青空文庫
魏の帝業を承くるや、四海こゝに靜謐にして、王侯、公主、外戚、其の富既に山河を竭して互に華奢驕榮を爭ひ、園を脩め宅を造る。
— 泉鏡太郎 『唐模樣』 青空文庫
況や我は太魏の王家と。
— 泉鏡太郎 『唐模樣』 青空文庫
――魏の正始の時、中山の周南は、襄邑の長たりき。
— 泉鏡太郎 『間引菜』 青空文庫
標準
Wei (kingdom in China during the Warring States period; 403-225 BCE)
ウィキペディア曖昧さ回避
魏(ぎ) はじめ中国古代の都市国家のひとつ、今日の山西省芮城県にあった。戦国時代に領域国家に発展。中国が皇帝の下に統一されてからは諸侯・諸侯王の封号として残り、動乱時には割拠した群雄が自立しての建てた王朝の名としても使われた。ただし、後代の後漢末期・三国時代以降は、現在の河北省と河南省の境界(戦国時代には趙 (戦国)の本拠地であった)地域に魏郡が設置されるなど、時期によって異なった地域を指す場合がある。
国名
- 魏 (春秋) — 周の諸侯国だった古代の都市国家のひとつ。春秋時代、晋に滅ぼされその邑となる。姓は不詳。
- 魏 (戦国) — 姫姓。周王の一族という畢公高を祖とする畢万が、春秋時代に晋の卿となり食邑として封じられた国。のちにともに晋侯の重臣だった趙氏や韓氏と晋領を三分して自立、周王の封建を受けて諸侯国としての地位を獲得した。さらには戦国七雄の一つに数えられ、王号を称する領域国家に発展した。戦国時代に今の山西省西部から河南省北部を領有する。
- → 秦末に上記の魏国を魏咎が、次いで魏豹が一時再興した。
- 魏 (三国) — 三国時代、後漢の献帝から禅譲を受けて皇位に即いた魏王曹丕が建てた王朝(220–265年)。曹魏ともいう。
- 冉魏 — 五胡十六国時代、冉閔が立てた政権(350–352年)。
- 翟魏 — 五胡十六国時代、翟遼が立てた政権(388–392年)。
- 北魏 — 南北朝時代、鮮卑族拓跋氏が建てた王朝(384–534年)。
- → 534年に東魏と西魏に分裂した。
- 隋末に李密が立てた政権。
その他
- 魏 (姓) — 漢姓の一つ。
出典: 魏 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0