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行幸

ぎょうこう異読 みゆき・ぎょうごう
名詞動詞-サ変動詞-自動詞頻度ランク #41785 · 青空 364
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標準
imperial visit
文例 · 用例
見ると、その新聞の上段に大きく、 観菊会行幸啓 赤坂離宮に 内外人四千九十二名 などという見出しが掲げられてある。
太宰治 惜別 青空文庫
然れども開元の盛時に当りて、一行阿闍梨、陛下万里に行幸して、聖祚疆無からんと奏したりしかば、心得がたきことを白すよとおぼされしが、安禄山の乱起りて、天宝十五年|蜀に入りたもうに及び、万里橋にさしかゝりて瞿然として悟り玉えりとなり。
幸田露伴 運命 青空文庫
我儘な太閤殿下は「奥山に紅葉踏み分け鳴く蛍」などという句を詠じて、細川幽斎に、「しかとは見えぬ森のともし火」と苦しみながら唸り出させたという笑話を遺して居るが、それでも聚楽第に行幸を仰いだ時など、代作か知らぬが真面目くさって月並調の和歌を詠じている。
幸田露伴 蒲生氏郷 青空文庫
すると天皇は、「そうか、そんなおもしろい虫がいるなら、わしも見に行こう」とおっしゃって、すぐにお宮をお出ましになり、奴里能美のおうちへ行幸になりました。
鈴木三重吉 古事記物語 青空文庫
雷峰怪蹟 宋の高宗帝が金の兵に追われて、揚子江を渡って杭州に行幸した際のことであった。
雷峯怪蹟 蛇性の婬 青空文庫
これより二年目、寛永三年九月|六日主上二条の御城へ行幸遊ばされ妙解院殿へかの名香を御所望|有之すなわちこれを献ぜらるる、主上|叡感有りて「たぐひありと誰かはいはむ末※ふ秋より後のしら菊の花」と申す古歌の心にて、白菊と名附けさせ給由承り候。
森鴎外 興津弥五右衛門の遺書 青空文庫
これより二年目、寛永三年九月六日|主上二条の御城へ行幸遊ばされ、妙解院殿へかの名香を御所望有之、すなわちこれを献ぜらる、主上|叡感有りて、「たぐひありと誰かはいはむ末※ふ秋より後のしら菊の花」と申す古歌の心にて、白菊と名づけさせ給う由承候。
森鴎外 興津弥五右衛門の遺書(初稿) 青空文庫
しかし初音の香を二条行幸の時、後水尾天皇に上ったと云ってあるから、その行幸のあった寛永三年より前でなくてはならない。
森鴎外 興津弥五右衛門の遺書(初稿) 青空文庫
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行幸(ぎょうこう、みゆき)とは、天皇が居所から外出することである。目的地が複数ある場合は特に巡幸という。

出典: 行幸 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0