子院
しいん
名詞
標準
sub-temple
文例 · 用例
緑青色の鳶だと言う、それは聖心女子院とか称うる女学校の屋根に立った避雷針の矢の根である。
— 泉鏡花 『白金之絵図』 青空文庫
このごろ始終帝の御覧になるものは、玄宗皇帝と楊貴妃の恋を題材にした白楽天の長恨歌を、亭子院が絵にあそばして、伊勢や貫之に歌をお詠ませになった巻き物で、そのほか日本文学でも、支那のでも、愛人に別れた人の悲しみが歌われたものばかりを帝はお読みになった。
— 桐壺 『源氏物語』 青空文庫
帝はそれをお聞きになったが、宮中へお呼びになることは亭子院のお誡めがあっておできにならず、だれにも秘密にして皇子のお世話役のようになっている右大弁の子のように思わせて、皇子を外人の旅宿する鴻臚館へおやりになった。
— 桐壺 『源氏物語』 青空文庫
それ故行うた女房の中からも、読人・方人を出して、男歌人に立ちまじらせた歌合せ――七条後宮歌合せ・亭子院歌合せなど――は、かうした流行に圧されて行つた。
— 後期王朝文学史 『女房文学から隠者文学へ』 青空文庫
学寮は末寺子院と同じようなもので、各寮に住持があってその弟子になろうとするものは、随時寮主に請うて寄寓することを許される。
— 永井荷風 『下谷叢話』 青空文庫
此年七月三日 宇多帝御位を太子|敦仁親王へ譲り玉ひ朱雀院へ入らせ玉ひ、亭子院と申奉り、御|法体ありては 寛平法皇とぞ申奉る。
— 鈴木牧之編撰 『北越雪譜』 青空文庫
かゝる不道の人なれば、 寛平法皇の帝の御父御心には時平の任を除き 菅神御一人に国政をまかせ玉はんとのおぼしめしありしに、延喜元年正月三日、帝亭子院へ朝覲のをりから御内心を示し玉ひしに 帝もこれにしたがひ玉ひ、其日 菅神を亭子院にめして事のよしを内勅ありしに 菅神|固辞したまひしに許し玉はざりけり。
— 鈴木牧之編撰 『北越雪譜』 青空文庫
「金は欲しいんだらう。
— 中原中也 『心理的と個性的』 青空文庫
作例 · 標準
その大きな寺院には、いくつか小さな子院が点在していた。
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修行のために、本山ではなく静かな子院に滞在することにした。
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かつては栄えていたが、今は子院の多くが廃墟となっている。
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