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昌平

しょうへい
名詞頻度ランク #33920 · 青空 199
1
標準
peace
文例 · 用例
さて神田川は上に述べし柳原橋下の一流に会するところより上○和泉橋下を経て、昌平橋、万世橋、御茶の水橋、水道橋、小石川橋を過ぎ、飯田橋手前にて西北より来り注ぐところの江戸川の一水を呑み、飯田橋上流牛込揚場に至つて尽く。
幸田露伴 水の東京 青空文庫
それからお茶の水橋を渡ろうとしたが、橋桁からまだ煙が出ていて危険なうえに、兵士が橋の袂に針金を張って通行を遮断しているので昌平橋の方へと往った。
田中貢太郎 死体の匂い 青空文庫
昌平橋を渡って須田町へと往った。
田中貢太郎 死体の匂い 青空文庫
昌平橋に掛かる時、向うから芸者が来た。
森鴎外 青空文庫
そうして、とうとう両国の広小路へ出ると、なんと思ったか一匹の牛は左へ切れて、柳原の通りを筋違の方角へ駆けて行って、昌平橋のきわでどうやらこうやら取押えられた。
岡本綺堂 青空文庫
そのために前記諸氏の間で色々評議を重ねているところへ古賀得四郎氏の友人、春吉の医師松田盛氏の紹介で糸島出身の彫塑家津上昌平氏がこの評議に参加した。
夢野久作 梅津只圓翁伝 青空文庫
事は故翁から習ったに過ぎない一教授佐藤文次郎氏の謝恩の一念から起り、全くの赤の他人である彫塑家津上昌平氏の感激から来た犠牲的熱意によって完成された事業である。
夢野久作 梅津只圓翁伝 青空文庫
因に同銅像は昨秋十月旧門弟一同発起となり一月着工、胸像は福岡県糸島郡出身彫塑家津上昌平氏の献身的努力により作製されたものである。
夢野久作 梅津只圓翁伝 青空文庫
作例 · 標準
昌平の世が末永く続くように」と、先代の王は崩御の間際に国全体の平和を心から祈った。
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歴史の教科書には、学問や文化が美しく花開いた昌平な時代の記録が克明に記されている。
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長い戦争がようやく終わり、人々はようやく訪れた昌平な日々に、安堵の溜息をついた。
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ウィキペディア

昌平(しょうへい)は、五胡十六国時代、西燕の君主段随の治世で使用された元号。386年 - 386年。元年2月:西燕皇帝慕容沖が左将軍韓延に殺害される。 元年3月:段随が左僕射慕容恒、尚書慕容永に殺害される。

出典: 昌平 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0