正平
しょうへい
名詞
標準
Shōhei era (of the Southern Court) (1346.12.8-1370.7.24)
文例 · 用例
これ岩櫃山というて正平年間|吾妻太郎行盛の城跡、巨巌重畳、断崖|聳立、山中に古戦場あり、今日に及んでなお白骨の横わるものありという。
— 井沢衣水 『本州横断 痛快徒歩旅行』 青空文庫
其の立言|正平なるを以て太祖の嘉納するところとなりし又是一個の好人物なり。
— 幸田露伴 『運命』 青空文庫
正平の十九年に此処の道祐というものの手によって論語が刊出され、其他|文選等の書が出されたことは、既に民戸の繁栄して文化の豊かな地となっていたことを語っている。
— 幸田露伴 『雪たたき』 青空文庫
正平年間は非常に地震の多い年で、約百回も地震の記録があるが、そのうちで大きかったのは、五年五月の京都の地震で、祇園神社の石塔の九輪が墜ちて砕けた。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
正平二年七月、畿内の官軍は本営を河内東条に移し、菊水の旗の本に近畿の味方を招集し始めた。
— 菊池寛 『四条畷の戦』 青空文庫
これを救済せんとて山口県等では盆踊りをすら解禁し、田中正平氏らはこれを主張す。
— 南方熊楠 『神社合祀に関する意見』 青空文庫
そして間もなく彼は訪れなくなつたので、花屋の帰りに安否を伺ひに尋ねると、冬の頃折々途上で顔を見知つてゐた夜番の人が現はれて、正平の父であると云ひ、倅は卒業も待てずに奉公に出し、今日は第一の休日で角帯を絞めて帰つて来たがと述べた。
— 牧野信一 『魚籃坂にて』 青空文庫
それは正平五年二月の半ばであった。
— 岡本綺堂 『小坂部姫』 青空文庫
作例 · 標準
古文書によれば、この寺院は正平年間に建立されたもので、当時の独特な建築様式を色濃く残している。
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正平の改元が行われた背景には、長引く戦乱と社会の不安定さを一新したいという強い願いがあった。
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南北朝時代の動乱期にあって、正平の年号を刻んだ石碑は各地で静かに歴史の重みを物語っている。
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