東雲
しののめ
名詞
標準
daybreak
文例 · 用例
ああ、するどき薄刃をさげ、左手をもつて敵手に揖す、はや東雲あくる楢の林に、小鳥うたうたひ、きよらにわれの血はながれ、ましろき朝餉をうみなむとす。
— 萩原朔太郎 『決鬪』 青空文庫
東雲ちかい汽車の寢臺で友よ 安らかに眠れ。
— 旅の記念として、室生犀星に 『別れ』 青空文庫
記憶はほの白む汽車の窓にわびしい東雲をながめるやうで過ぎさる生活の景色のはてをほのかに消えてゆく月のやうだ。
— 萩原朔太郎 『記憶』 青空文庫
」 はつとすると、構内を、東雲の一|天に、雪の――あとで知つた――苅田嶽の聳えたのが見えて、目は明に成つた。
— 泉鏡太郎 『続銀鼎』 青空文庫
天に年わかき男星女星ありて、相隔つる遠けれど恋路は千万里も一里とて、このふたりいつしか深き愛の夢に入り、夜々の楽しき時を地に下りて享け、あるいは高峰の岩|角に、あるいは大海原の波の上に、あるいは細渓川の流れの潯に、つきぬ睦語かたり明かし、東雲の空に驚きては天に帰りぬ。
— 国木田独歩 『星』 青空文庫
詩人はこの夢を思い起こすや、跳ね起きて東雲の空ようやく白きに、独り家を出で丘に登りぬ。
— 国木田独歩 『星』 青空文庫
月もなく、日もなく、樹もなく、草もなく、路もない、雲に似て踏みごたえがあって、雪に似て冷からず、朧夜かと思えば暗く、東雲かと見れば陰々たる中に、煙草盆、枕、火鉢、炬燵櫓の形など左右、二列びに、不揃いに、沢庵の樽もあり、石臼もあり、俎板あり、灯のない行燈も三ツ四ツ、あたかも人のない道具市。
— 泉鏡花 『伊勢之巻』 青空文庫
ぴたりとついて留まったが、飜然と此方へ向をかえると、渚に据った丘の根と、海なるその岩との間、離座敷の二三間、中に泉水を湛えた状に、路一条、東雲のあけて行く、蒼空の透くごとく、薄絹の雲左右に分れて、巌の面に靡く中を、船はただ動くともなく、白帆をのせた海が近づき、やがて横ざまに軽くまた渚に止った。
— 泉鏡花 『悪獣篇』 青空文庫
作例 · 標準
東雲の空がほのかに明るみ始め、朝の清々しい空気が街を包み込む。
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徹夜明けに見た東雲の景色は、疲れ切った心に希望を与えてくれた。
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「東雲」という地名の通り、その街から見る日の出は格別に美しい。
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ウィキペディア曖昧さ回避
東雲(しののめ、とううん)とは、太陽が昇り始める前に茜色にそまる空を意味する日本の古語。以下のような場面で使われている。
日本の地名
新聞
- 『東雲新聞』1888年(明治21年)1月 — 1891年(明治24年)10月。東雲新聞社。民権派の論客、中江兆民が主筆。
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学校
- 東雲小学校 — 曖昧さ回避ページ
- 東雲中学校 — 曖昧さ回避ページ
- 石川県立七尾東雲高等学校
- 兵庫県立篠山東雲高等学校
- 愛媛県にある学校法人松山東雲学園傘下各校の略称。
遊郭
- 熊本県二本木にあった遊郭「東雲楼」の略。
- 1900年(明治33年)娼妓によるストライキが演歌『東雲節』に「東雲の ストライキさりとはつらいね てなことおっしゃいましたかね」と歌われ全国的に有名となる。このエピソードをもとに1994年(平成6年)『東雲楼 女の乱』が制作されている。当時は娼妓の自由廃業が法的に認められた時期で、全国の遊郭で廃業を求める娼妓と楼主の間で衝突があり、それが熊本に残っていた俗謡の替え歌として当地で歌われたのがきっかけで全国に広まったと言われている。当時の東雲楼を知る者の中には、実際にはストライキではなく、同じ熊本市にあった別の遊郭で娼妓の借金減額があり、それを聞いた東雲楼の娼妓らが同様に楼主に減額を求めたもの、と証言する者もある。
出典: 東雲 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0