康治
こうじ
名詞頻度ランク #29124 · 青空 10 例
標準
Kōji era (1142.4.28-1144.2.23)
文例 · 用例
藤原頼長の台記別記に、記入せられた大中臣清親の記録である、近衛天皇即位の康治元年当時の形である。
— 折口信夫 『日本文学の発生』 青空文庫
尠くとも、康治に改作せられた部分も、考へることが出来る。
— 折口信夫 『日本文学の発生』 青空文庫
「……堅磐常磐に斎ひまつりて、いかし御世に栄えしめまつり、康治元年より始めて、天地日月と共に、照し明らしましまさむことに、本末傾かず、いかしほこの中執り持ちて、仕へ奉る中臣|祭主正四位上神祇大副大中臣清親寿詞をたゝへ、こと定めまつらくと申す。
— 折口信夫 『日本文学の発生』 青空文庫
台記の著者が此書を人から借るにつき、佐世の自筆本なればとて、世の寶物これに加んやと云つて居るので、學者として後世まで縉紳間に尊重された事が分る(台記康治五年四月十四日の條)。
— 狩野直喜 『日本國見在書目録に就いて』 青空文庫
康治元年に、近衛天皇が、即位式を挙げられた時に用ゐられたのを、書きとつたものである。
— 折口信夫 『大嘗祭の本義』 青空文庫
藤原頼長の日記である台記の康治元年八月十八日の条に、権僧正覚宗の談として、同人が少年のとき紀州那智に籠って修行していたが、その頃一人の僧があって現身に補陀洛山に祈参するとて、小さい船の上に千手観音の像を造り立て手に※を持たせ、祈請三年に及び北風を得て出発したとある。
— 中山太郎 『本朝変態葬礼史』 青空文庫
基俊は康治元年に世を去ったから、足かけ五年の間であった。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
康治年間|崇徳院から百首の題を賜わり、時の歌人が百首歌を詠んで奉った。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
作例 · 標準
日本の歴史書で康治の元号を見つけた。
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康治二年(1143年)に、この寺は建立されたと伝えられている。
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彼は康治時代の文化について研究している。
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