元亨
げんこう
名詞
標準
Genkō era (1321.2.23-1324.12.9)
文例 · 用例
海上の船から山中の庵へ米苞が連続して空中を飛んで行ってしまったり、紫宸殿を御手製地震でゆらゆらとさせて月卿雲客を驚かしたりなんどしたというのは活動写真映画として実に面白いが、元亨釈書などに出て来る景気の好い訳は、大衆文芸ではない大衆宗教で、ハハア、面白いと聞いて置くに適している。
— 幸田露伴 『魔法修行者』 青空文庫
将門の女で地蔵尼といふのは、地蔵|菩薩を篤信したと、元亨釈書に見えてゐる。
— 幸田露伴 『平将門』 青空文庫
元亨釈書に、安和の上皇、勅して供奉と為す、佯狂垢汗して逃れ去る、と記しているが、憚りも無く馬鹿げた事をして、他に厭い忌まれても、自分の心に済むように自分は生活するのを可なりとした人であった。
— 幸田露伴 『連環記』 青空文庫
その事は空海の性靈集中の碑文に見え、またそれによつて書いたと見える元亨釋書にも見えてゐる。
— 幸田露伴 『華嚴瀧』 青空文庫
御即位の当初は、後宇多法皇が、院政を聴かれてゐたが、元亨元年天皇に政を還し給うたので、天皇は御英明の資を以て、記録所を復し給ひ、絶えて久しき御親政の実を行ひ給ふことになつた。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
『元亨釈書』に藤原|伊勢人勝地を得て観音を安置せんと、貴船神の夢告により白馬に鞍置き童を乗せ馬の行くに任すと山中|茅草の上に駐る、その地へ寺を立てたのが鞍馬寺だとある。
— 馬に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
芳賀博士の『攷証今昔物語』に、この譚を『日本法華験記』と『元亨釈書』に漢文で載ったのを本語の後に付けあるが、出処も類話も出していない。
— 犬に関する伝説 『十二支考』 青空文庫
しかるに当時最勝|会を宮中法事の第一とし、天平九年冬十月最勝会を大極殿に啓く、その儀元日に同じというほどで(『元亨釈書』二の「釈道慈伝」)、二経の内『最勝王経』を特に朝家が尊んだので、『法華経』凝りの徒がこれに抗して瓢より米が出た話を作って、かの経が『最勝王経』に勝ると張強したのだ。
— 犬に関する伝説 『十二支考』 青空文庫
作例 · 標準
元亨年間に記されたこの古日記には、当時の京の街の様子が詳しく綴られている。
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「元亨って、鎌倉時代末期の元号だよね。後醍醐天皇の頃かな?」
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元亨の改元が行われた際、朝廷ではどのような議論が交わされたのだろうか。
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ウィキペディア
元亨(げんこう、 は、日本の元号の一つ。元応の後、正中の前。1321年から1324年までの期間を指す。この時代の天皇は後醍醐天皇。鎌倉幕府将軍は守邦親王、執権は北条高時。
出典: 元亨 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0