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寛保

かんぽう
名詞
1
標準
Kanpō era (1741.2.27-1744.2.21)
文例 · 用例
既に去る寛保年中、一時の窮を救はむため、老職の輩が才覺にて、徳川氏より金子一萬兩借用ありしほどなれば、幼君御心を惱ませ給ひ、何とか家政を改革して國の柱を建直さむ、あはれ良匠がなあれかしと、あまたある臣下等に絶えず御眼を注がれける。
泉鏡太郎 十萬石 青空文庫
それが五代将軍綱吉の殺生禁断の時代に取毀されて、その後は木母寺または弘福寺を将軍の休息所にあてていたということであるが、大原家の記録によると、木母寺を弘福寺に換えられたのは寛保二年のことであるというから、この話の享保時代にはまだ木母寺が将軍の休息所になっていたものと思われる。
岡本綺堂 鐘ヶ淵 青空文庫
石碑の面には文字の刻みも消えはじめて「信敬院妙立日如大姉」右に寛保一辛酉、左に四月十日、妙經百部、繪島殿、とある。
今井邦子 伊那紀行 青空文庫
その二には「至善院格誠日在、寛保二年|壬戌七月二日」と一行に彫り、それと並べて「終事院菊晩日栄、嘉永七年|甲寅三月十日」と彫ってある。
森鴎外 渋江抽斎 青空文庫
為隣は寛保元年正月十一日に家を継いで、二月十三日に通称の玄春を二世|玄瑳と改め、翌寛保二年七月二日に歿し、跡には登勢が十二歳の未亡人として遺された。
森鴎外 渋江抽斎 青空文庫
寛保二年に十五歳で、この登勢に入贅したのは、武蔵国忍の人|竹内作左衛門の子で、抽斎の祖父|本皓が即ちこれである。
森鴎外 渋江抽斎 青空文庫
然るに寛保二年に正明が病んでまさに歿せんとする時、その子|独美は僅に九歳であった。
森鴎外 渋江抽斎 青空文庫
正久は万治二年に生れ、寛保元年に八十三歳で歿したから、天和元年には二十三歳であつた。
森鴎外 伊沢蘭軒 青空文庫
作例 · 標準
江戸時代、寛保年間には頻繁に水害が発生した。
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寛保の改革は、幕府の財政再建を目指した政策だった。
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この地域の古い記録には、寛保の飢饉についても記されている。
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