宝暦
ほうれき異読 ほうりゃく
名詞
標準
Hōreki era (1751.10.27-1764.6.2)
文例 · 用例
風の強さの程度は不明であるが海嘯を伴った暴風として記録に残っているものでは、貞観よりも古い天武天皇時代から宝暦四年までに十余例が挙げられている。
— 寺田寅彦 『颱風雑俎』 青空文庫
着物の縞柄としては宝暦ごろまでは横縞よりなかった。
— 九鬼周造 『「いき」の構造』 青空文庫
「熨斗目」の腰に織り出してある横縞や、「取染」の横筋はいずれも宝暦前の趣味である。
— 九鬼周造 『「いき」の構造』 青空文庫
しかるに、宝暦、明和ごろから縦縞が流行し出して、文化文政には縦縞のみが専ら用いられるようになった。
— 九鬼周造 『「いき」の構造』 青空文庫
京都方言では享保・宝暦頃には大体h音になっていたようであるが、元禄またはそれ以前に既にh音であったのではないかと思われるふしもある。
— 橋本進吉 『国語音韻の変遷』 青空文庫
六世弥忠太は番方を勤め、宝暦六年に致仕した。
— 森鴎外 『興津弥五右衛門の遺書』 青空文庫
「このあいだも話した通り、僕の家の六代前の主人は享保から宝暦のころに生きていたのだそうで、雅号を杏雨といって俳句などもやったらしい。
— 岡本綺堂 『西瓜』 青空文庫
九代家重公の宝暦の初めっ方。
— 夢野久作 『名娼満月』 青空文庫
作例 · 標準
宝暦の改暦によって、日本の天文学は新たな段階へと進んだ。
幻辭AI · gemini-3-flash-preview
この古い茶碗は宝暦年間に作られたもので、非常に希少価値が高い。
幻辭AI · gemini-3-flash-preview
宝暦という時代は、江戸文化が成熟していく過渡期にあたった。
幻辭AI · gemini-3-flash-preview
ウィキペディア
宝暦(ほうれき、 は、日本の元号の一つ。寛延の後、明和の前。1751年から1764年までの期間を指す。この時代の天皇は桃園天皇、後桜町天皇。江戸幕府将軍は徳川家重、徳川家治。
出典: 宝暦 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0