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観応

かんのう異読 かんおう
名詞
1
標準
Kannō era (of the Northern Court) (1350.2.27-1352.9.27)
文例 · 用例
観応元年(一三五〇年)、石見国佐波善四郎を討つために発した毛利備中守師親が江の川を渡っているとき、一つの石が川の中から浮かび上って馬のあぶみにかかった。
薄田太郎 広島という名の由来 青空文庫
風呂助 埒あかんのう
泉鏡花 夜叉ヶ池 青空文庫
ここにて、この条条を極めさとりて、かんのう(堪能)になれば、定めて天下にゆるされ、めいぼう(名望)を得つべし。
――当りまえのことを当りまえに語る。 もの思う葦 青空文庫
「今年もあかんのう
島木健作 續生活の探求 青空文庫
「国会として」「いかんのう」的。
一九四八年(昭和二十三年) 日記 青空文庫
『なむからかんのう、とらやあ、やあ――』 宵の勤行が始つたのである。
島崎藤村 破戒 青空文庫
」 大げんかんのうちでは、ふすまをあける音、大戸をあける音がして、やがて、やさしい女たちの話し声が聞えてきました。
下村千秋 壇ノ浦の鬼火 青空文庫
その召使いの女のひとりが、法師の手をやわらかにとると、こちらへと、大げんかんのうちへ案内しました。
下村千秋 壇ノ浦の鬼火 青空文庫
作例 · 標準
観応の擾乱と呼ばれる内乱は、室町幕府を二分する大きな混乱を引き起こした。
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この古文書の奥付には「観応二年三月」という日付がはっきりと記されている。
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観応年間は、足利尊氏と直義の兄弟対立が激化し、各地で戦火が絶えなかった。
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観応の年号は、北朝側で使用されていたもので、当時の政治状況を反映した複雑な背景を持っている。
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ウィキペディア

観応 は、日本の南北朝時代の元号の一つ。北朝方が使用した。貞和の後、文和の前。1350年から1352年までの期間を指す。この時代の天皇は、北朝方が崇光天皇・後光厳天皇。南朝方が後村上天皇。室町幕府将軍は足利尊氏。正平一統による4か月間の中断を経たのち復活している。

出典: 観応 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0