朱鳥
しゅちょう異読 すちょう・あかみとり
名詞
標準
Shuchō era (686.7.20-686.12.?)
文例 · 用例
大津皇子は天武天皇崩御の後、不軌を謀ったのが露われて、朱鳥元年十月三日死を賜わった。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
皇子は朱鳥元年十月三日に死を賜わった。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
また皇女が天武崩御によって斎王を退き(天皇の御代毎に交代す)帰京せられたのはやはり朱鳥元年十一月十六日だから、皇女は皇子の死を大体知っていられたと思うが、帰京してはじめて事の委細を聞及ばれたものであっただろう。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
即ち、大津皇子の謀反が露われ、朱鳥元年十月三日|訳語田舎で死を賜わった。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
代匠記に、「持統天皇朱鳥六年ノ御供ナリ」と云ったが、或はそうかも知れない。
— 斎藤茂吉 『万葉秀歌』 青空文庫
ようやく持統天皇の朱鳥元年になって名が現れた。
— 飛騨・高山の抹殺――中部の巻―― 『安吾の新日本地理』 青空文庫
然るに薬師三尊の鋪金未だ遂げぬうちに、朱鳥元年九月|丙午、天武天皇は浄御原宮に崩御された。
— 亀井勝一郎 『大和古寺風物誌』 青空文庫
諭吉は一|夫一|婦をしゅちょうし、もちろん、自分でもそれを実行しました。
— ペンは剣よりも強し 『福沢諭吉』 青空文庫
ウィキペディア
朱鳥(しゅちょう)は、日本の飛鳥時代の元号の一つ。白雉の後、大宝の前だが前後ともに断絶がある。大化以降3番目の元号。686年を指す。この時代の天皇は天武天皇。本来の読み方は「あかみとり」であり、『日本書紀』巻第二十九天武天皇下、朱鳥元年7月20日条にも「朱鳥此云阿訶美苔利(あかみとり)」と記されているが、訓読みが確認される元号は現在に至るまで後世に存在しないため、一般的には「しゅちょう」と読まれる。この元号は浄御原(きよみはら)の宮号と共に定められたとされる。
出典: 朱鳥 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0