延文
えんぶん
名詞
標準
Enbun era (of the Northern Court; 1356.3.28-1361.3.29)
文例 · 用例
また延文の『諏訪大明神絵詞』には、根本は酋長もなかりしを、武家その濫吹を鎮護せんために、安藤太というものを蝦夷管領とすともある。
— 喜田貞吉 『奥州における御館藤原氏』 青空文庫
そこで後光厳院の延文元年(正平十一年)に、足利尊氏が奏請したので、天皇は撰集の勅命を二条為定に下され、延文四年(正平十四年)四月二十八日奏覧を終えた。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
しかも意外なことには南北朝の末、延文年間に書いたことの確かな、安居院の『神道集』というおかしな漢文に、同じ筋の話がちゃんと出ているので、つまり農民の隠居などにも仮名文字が書けるようになるまで、三百年近くも本なしでもとの形を保存することが、昔の人にはできたのであった。
— 柳田国男 『雪国の春』 青空文庫
しかし、それらのことはあったにしても、とにかく、 正平十一年(北方の延文元年) 正平十二年 の両年は、諸国とも静謐な方だった。
— 黒白帖 『私本太平記』 青空文庫
作例 · 標準
例句1
例句2
例句3
例句4
ウィキペディア
延文 は、日本の南北朝時代の元号の一つ。北朝方にて使用された。文和の後、康安の前。1356年から1361年までの期間を指す。この時代の天皇は、北朝方が後光厳天皇。南朝方が後村上天皇。室町幕府将軍は足利尊氏、足利義詮。
出典: 延文 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0