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建保

けんぽう
名詞
1
標準
Kenpō era (1213.12.6-1219.4.12)
文例 · 用例
果して、三年後の建保元年癸酉のとしに、例の和田合戦が鎌倉に起り御ところも炎上いたしましたが、このやうなお夢の不思議はその後もしばしばございまして、またお夢ばかりではなく、御酒宴最中にお傍の人の顔をごらんになつて不意にその人の運命を御予言なさる事もございました。
太宰治 右大臣実朝 青空文庫
将軍家はこのとしから、ほとんど毎年、欠かさず二所詣をなさいまして、建保二年には正月と九月と二度もお参り致しました程で、その敬神のお心の深さは故右大将さまにもまさつて居られるやうに思はれました。
太宰治 右大臣実朝 青空文庫
さて、つづく建暦三年、このとしは十二月六日に建保と改元になりましたが、なにしろ、事の多いとしでございました。
太宰治 右大臣実朝 青空文庫
その頃しきりに、おつしやつて居られまして、それは或いは御政務の事に就いておつしやつて居られたのかも知れませぬが、けれどもまた歌道に於いても、その建保元年あたりには、もうそろそろ将軍家の和歌の御研鑽も十年ちかくなつてゐたのではないでせうか。
太宰治 右大臣実朝 青空文庫
けれども、当時、将軍家に対する御ところ内外の誤解は甚しく、建保四年の九月に、広元入道さまは、しさいらしく将軍家に御諫言を試み、かへつて大いに恥をおかきになつたなどといふ事もございました。
太宰治 右大臣実朝 青空文庫
公暁禅師さまは、その翌年の建保五年六月に京都よりお帰りになり、尼御台さまのお計ひに依つて鶴岳宮の別当に任ぜられました。
太宰治 右大臣実朝 青空文庫
その鎌倉の地震のうちで大きかった地震は、建保元年五月の地震で、それには大地が裂け、舎屋が破壊した。
田中貢太郎 日本天変地異記 青空文庫
この建保年間には、元年から二年三年と続けて十数回の強震があった。
田中貢太郎 日本天変地異記 青空文庫
作例 · 標準
建保年間には、多くの文化人が活躍したと記録されている。
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建保の乱と呼ばれる大きな政変が起こったのはこの時代だ。
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この古文書は、建保三年と記されている。
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建保(けんぽう)は、日本の元号の一つ。建暦の後、承久の前。1213年から1219年までの期間を指す。この時代の天皇は順徳天皇。後鳥羽上皇の院政。鎌倉幕府将軍は源実朝、執権は北条義時。

出典: 建保 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0