平治
へいじ
名詞
標準
Heiji era (1159.4.20-1160.1.10)
文例 · 用例
町外れから、曲り拗ねった路や、立木の暗い下を迂路ついて、与平治茶屋まで来た。
— 小島烏水 『雪中富士登山記』 青空文庫
平治の乱に破れて一族と共に東国へ落ちる途中、当時十三歳の頼朝は馬上でうとうと居睡りをして、ひとり、はぐれた。
— 太宰治 『花吹雪』 青空文庫
平治物語に拠ると、「十二月二十七日の夜更方の事なれば、暗さは暗し、先も見えねども、馬に任せて只一騎、心細く落ち給う。
— 太宰治 『花吹雪』 青空文庫
平治の戦の大将藤原信頼は重盛に馳向われて逃出して終った。
— 幸田露伴 『蒲生氏郷』 青空文庫
近代は澆季なりと時の人が嘆いたあの戦慄すべき保元平治時代よりもまだまだ今日の芸術界の一部は浅ましい。
— 北原白秋 『フレップ・トリップ』 青空文庫
されば、この戦ひに於ける殊勲者たる平清盛は、相つゞく平治の乱に於て、その対抗勢力たりし源|義朝を斃すと共に、その官位はしきりに昇進して、太政大臣となり藤原氏に倣うて、皇室の外戚となり、政治上の実権を握つたのである。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
毒蛇に咬まれた人、糸一条を七所結び頸に掛け、ジェット・シン、ジェット・シンと唱え続けながら、王宮に趨く途中、結び目を六つまで解く、宮に入って王の前で、七つ目の結びを解く、時に王水をその創に灌ぎ、また両手に懸け、一梵士来りて祈りくれると、平治して村へ還ると。
— 蛇に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
さればカレイも邪視する魚と嫌うた物か[延享二年大阪竹本座初演、千柳、松洛、小出雲合作『夏祭浪花鑑』義平治殺しの場に、三河屋義平治その婿団七九郎兵衛を罵る詞に、おのれは親を睨めおるか、親を睨むと平目になるぞよ、とある。
— 蛇に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
作例 · 標準
歴史の授業で、源義朝と平清盛が激突した平治の乱が、武士の台頭を決定づける重要な転換点だったと習った。
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平治の時代に描かれたとされるその絵巻物には、燃え上がる御所と逃げ惑う人々の姿が克明に描写されている。
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京都を観光した際、平治の乱の舞台となった六波羅蜜寺周辺の史跡を巡り、歴史のロマンに思いを馳せた。
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ウィキペディア
平治 は、日本の元号の一つ。保元の後、永暦の前。1159年から1160年までの期間を指す。この時代の天皇は二条天皇。
出典: 平治 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0