家制度
いえせいど
名詞
標準
Japanese household legal structure (1898-1947)
文例 · 用例
彼女の母親は武家の出であったが、御一新の折りに武家制度が崩壊したときに、宮原家の養女となり、何人かの子どもを産んだが、お芳が一番下の子だった。
— RED BRIDAL 『赤い婚礼』 青空文庫
若しそんな女性を発見し得たなら、どんな苛酷な所謂資本主義制度の中ででも、どんな残酷な国家制度?
— 辻潤 『浮浪漫語』 青空文庫
げに有力なる観察者のすでに久しく非難しつつありし個人主義的の、競争的の資本家制度は、戦争の圧力の下においては到底維持しうべからざる経済組織なることをば、これら諸国の政府は今や実際に認めて来たのである。
— 河上肇 『貧乏物語』 青空文庫
これ私が「役人の頭」のみが今日の国家制度を生かしてゆく唯一の頼りだというゆえんであります。
— 末弘厳太郎 『役人の頭』 青空文庫
なぜならば、「役人の頭」が「人民の頭」と一致することは国家制度の生きてゆく最小限度の要件であるから。
— 末弘厳太郎 『役人の頭』 青空文庫
しかもそのタヤが、多くの新在家・出屋敷の起原であったことを考えてみると、右のサンキョはとりもなおさず、昔の分家制度の痕跡ではなかったかと思う。
— 柳田國男 『地名の研究』 青空文庫
往復の船賃は学校で負担する、という条件さえ付いたそうであるが、これは「義務教育」という国家制度の形式をととのえたまでのことで、葛飾の小学校へ責任を転嫁したわけである。
— 山本周五郎 『青べか物語』 青空文庫
伏見城では、新政策や武家制度を組んでいるが、この大坂城では、人材を糾合して、牢人軍を組織しているらしかった。
— 火の巻 『宮本武蔵』 青空文庫
作例 · 標準
戦前日本の法制度において、家制度は戸主権を中心に家族の権利義務を規定していた。
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明治民法制定により確立された家制度は、個人の自由よりも家全体の存続を優先する仕組みであった。
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第二次世界大戦後の法改正で、旧来の家制度は廃止され、個人の尊厳に基づいた家族関係へと移行した。
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この研究では、近代化の過程で家制度が地域社会に与えた影響を多角的に分析する。
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ウィキペディア
家制度(いえせいど)とは、1898年(明治31年)に制定された明治憲法下の民法において規定された日本の家族制度であり、親族関係を有する者のうち更に狭い範囲の者を、戸主(こしゅ)と家族として一つの家に属させ、戸主に家の統率権限を与えていた制度である。この規定が効力を有していたのは、1898年7月16日から1947年5月2日までの48年9か月半ほどの期間であった。
出典: 家制度 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0