保延
ほうえん
名詞
標準
Hōen era (1135.4.27-1141.7.10)
文例 · 用例
先日も御引きになつた藤原基俊の保延のころ即ち十二世紀の「悦目抄」の假名遣、初て此の假名遣で詞の上中下に置く假名と云ふやうなことが出て來ました。
— 森鴎外 『假名遣意見』 青空文庫
祭礼初候事者保延三年九月候。
— 折口信夫 『春日若宮御祭の研究』 青空文庫
この怨みが積って保延七年の二月定明は時国を夜討ちにした。
— 中里介山 『法然行伝』 青空文庫
娼楼劇場の内外または忠臣蔵|曾我十番切並に諸国の名所神社仏閣の図等を描きたるものにして、寛保延享の頃の漆絵紅絵には早くも西洋風の遠近法を用ひて巧に遠見の景色と人物群集の状とを描き出せり。
— 永井荷風 『江戸芸術論』 青空文庫
元文より寛保延享寛延に至る頃奥村政信|及その一派の画工は室内の遠景を描ける大板の紅絵漆絵を出せり。
— 永井荷風 『江戸芸術論』 青空文庫
とにかく、いささか、不気味なお土産だけに、いくたの論議が繰り返されたが、結局、保延四年神輿|入洛の前例にならって、祇園の神社に奉置することに話が決まり、夕刻を選んで、祇園別当、澄憲の手で、祇園の社に入った。
— 第一巻 『現代語訳 平家物語』 青空文庫
二十五歳のとき、保延四年、和泉前司道経になかだちを頼み、藤原|基俊の弟子となった。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
保延六年二十七歳で述懐百首を作った。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
作例 · 標準
保延年間には、武士の台頭が顕著になり、政治情勢が大きく変化した。
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この古刹は、保延の時代に創建されたと伝えられている。
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保延の乱は、後の源平合戦の序章とも言える出来事だった。
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ウィキペディア
保延 は、日本の元号の一つ。長承の後、永治の前。1135年から1141年までの期間を指す。この時代の天皇は崇徳天皇。
出典: 保延 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0