長保
ちょうほう
名詞
標準
Chōhō era (999.1.13-1004.7.20)
文例 · 用例
寂心は長保四年の十月に眠るが如く此世を去ったが、其の四十九日に当って、道長が布施を為し、其|諷誦文を大江匡衡が作っている。
— 幸田露伴 『連環記』 青空文庫
それは今に存しているが、匡衡の文の日付は長保四年十二月九日とある。
— 幸田露伴 『連環記』 青空文庫
長保四年の冬には寂照が日本に居無かったかと思われるから。
— 幸田露伴 『連環記』 青空文庫
長徳でも長保でもよい、寂心は晏然として死んだのである。
— 幸田露伴 『連環記』 青空文庫
で、寂照は表を上りて朝許を受け、長保四年愈々出発渡宋することになった。
— 幸田露伴 『連環記』 青空文庫
もっとも、このマンフィイルドの靴の場合は、事実手縫いのほうが遥かに丈夫で長保ちすると言うけれど、買う方は、何も長もちさせようと思って買うのではない。
— 海のモザイク 『踊る地平線』 青空文庫
(師子間者大宮殿第二御殿与第三御殿之間於申也)御出現時分事如仰長保五年候歟。
— 折口信夫 『春日若宮御祭の研究』 青空文庫
長保五年三月三日、二三の御殿の間にあらはれさせ給ひしを、時風五代の孫中臣連是忠三の御殿に移し祝を奉る云々」と、こゝでも祟り神だとある。
— 折口信夫 『春日若宮御祭の研究』 青空文庫
作例 · 標準
長保年間には、多くの貴族が和歌の創作に励んだ。
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『源氏物語』の一部は、長保年間に書かれたとされている。
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長保の時代は、平安文化が爛熟した時期の一つとして知られる。
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ウィキペディア
長保 は、日本の元号の一つ。長徳の後、寛弘の前。999年から1004年までの期間を指す。この時代の天皇は一条天皇。
出典: 長保 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0