永正
えいしょう
名詞
標準
Eishō era (1504.2.30-1521.8.23)
文例 · 用例
永正四年六月二十三日だ。
— 幸田露伴 『魔法修行者』 青空文庫
文亀になってその元年十二月越後に、永正になってその七年八月に、摂津、河内、山城、大和に大地震があって、摂津には海嘯の難があった。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
永正十一(十七)年|駿河国興津に生れ、今川治部大輔殿に仕え、同国|清見が関に住居いたし候。
— 森鴎外 『興津弥五右衛門の遺書』 青空文庫
永正十一年七月二十八日、信長は長政と佐和山で対面した。
— 菊池寛 『姉川合戦』 青空文庫
扨柳亭筆記に京順禮の始より萬治三年と寛文五年と二説ある由を示し、寛文四年の印本に、老婆物語と題する洛陽三十三所觀音の縁起を聚めし册子あれば、此事寛文の初より起り、寶永正徳の頃迄も有しなるべしとある。
— 並にサンヤレの事 『女順禮』 青空文庫
本朝にも弥勒の平等世界を唱えて衆を乱した事歴史に見ゆとは何を指すのかちょっと分らぬが、『甲斐国妙法寺記』に、永正三|丙寅、この年春は売買去年冬よりもなお高直なり。
— 鶏に関する伝説 『十二支考』 青空文庫
この年半ばの頃よりも年号替わるなり云々とありて、永正四|丁卯、弥勒二年丁卯と並べ掲ぐ。
— 鶏に関する伝説 『十二支考』 青空文庫
永正三丙寅と承安元辛卯、いずれも弥勒元年とするもその十年は乙亥か庚子で辰の歳じゃない。
— 鶏に関する伝説 『十二支考』 青空文庫
作例 · 標準
永正年間には、戦国大名たちの勢力争いが激化していた。
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この茶碗は、永正年間に作られたとされており、非常に貴重だ。
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「永正の錯乱」という言葉は、当時の政治的混乱を象徴している。
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ウィキペディア
永正 は、日本の元号の一つ。文亀の後、大永の前。1504年から1521年までの期間を指す。この時代の天皇は後柏原天皇。室町幕府将軍は足利義澄、足利義稙。
出典: 永正 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0