永承
えいしょう
名詞
標準
Eishō era (1046.4.14-1053.1.11)
文例 · 用例
永承三年の関白頼通『高野参詣記』に、検非違使右衛門|志村主重基奉仰、仰淀・山崎刀禰散所等、令造板屋形。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
『小右記』は長和の当時大納言兼右近衛大将であった藤原実季の日記で、その長和二年は前引『高野参詣記』の永承よりも三十六年前であれば、これこそ管見に上った最古の散所といってよい。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
この文書がもし真物ならんには、散所の文字ある最古の文書として、既引『小右記』長和二年の記事や、永承三年『高野参詣記』の記事などよりも上に列すべきものではあるが、もとより後世の偽書で、延喜当時の状態を知るべき参考となるべきものではない。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
永承年間|陸奥の安倍頼時父子が叛いたとき鎮守府将軍源頼義、子義家が征討のみちすがらこの社に参籠して戦勝の祈願をこめ、凱旋のをり御礼参りをして欅の苗千株を植ゑた。
— 中勘助 『府中のけやき』 青空文庫
作例 · 標準
永承年間の記録によると、当時の都は活気に満ちていたらしい。
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この古文書は、永承年間における地方の治安状況を詳細に記している。
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「永承の乱」として知られる事件は、当時の朝廷を揺るがした。
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