天慶
てんぎょう異読 てんきょう・てんけい
名詞
標準
Tengyō era (938.5.22-947.4.22)
文例 · 用例
六人箱を枕の夢に、そも我こそは桓武天皇の後胤に鎮守府将軍|良将が子、相馬の小次郎|将門なれ、承平天慶のむかしの恨み、利根の川水日夜に流れて滔千古|経れども未だ一念の痕を洗はねば、の心をいだいたものであらうか。
— 幸田露伴 『平将門』 青空文庫
将門の事とはおのづから別途に属するので、将門の方は私闘――即ち常陸大掾国香や前常陸大掾|源護一族と闘つたことから引つゞいて、終に天慶二年に至つて始めて私闘から乱賊に変じたのである。
— 幸田露伴 『平将門』 青空文庫
天慶年間、即ち将門死してから何程の間も無い頃に出来たといふ将門記の完本が有つたら訳も分かるのであらうが、今存するものは残闕であつて、生憎発端のところが無いのだから如何とも致方は無い。
— 幸田露伴 『平将門』 青空文庫
双方が精鋭|驍勇、死物狂ひを極め尽した活動写真的の此の華として楽まず、其後は何も仕出し得ず、翌年天慶二年の六月上旬病死して終つた。
— 幸田露伴 『平将門』 青空文庫
此歳五月改元、天慶元年となつて、其の六月、朝廷より将門を召すの符を得て常陸に帰り、常陸介藤原|維幾の手から将門に渡した。
— 幸田露伴 『平将門』 青空文庫
貞盛が京上りをした翌天慶二年の事である。
— 幸田露伴 『平将門』 青空文庫
傭前介藤原|子高を殺し播磨介島田|惟幹を殺した後にさへ、純友は従五位を授けられんとしてゐる、其は天慶二年の事である。
— 幸田露伴 『平将門』 青空文庫
興世王はじめ皆相談にあづかつたに相違ないが、好うございますは、事と品とによれば刃金と鍔とが挨拶を仕合ふばかりです、といふ者が多かつたのだらう、とう/\天慶二年十一月廿一日常陸の国へ相馬小次郎|郎党を率ゐて押出した。
— 幸田露伴 『平将門』 青空文庫
作例 · 標準
天慶の乱は、平安時代中期の大きな争乱として知られている。
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この寺は天慶年間に創建されたと伝えられている。
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天慶の元号は、藤原氏の権勢が確立された時期と重なる。
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