康永
こうえい
名詞
標準
Kōei era (of the Northern Court; 1342.4.27-1345.10.21)
文例 · 用例
康永中虎関禅師の開基なり。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
(足利)康永二年十月卅日 直義(花押)謹上 三宝院大僧正御房 とある。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
それでもなお南北朝戦乱の際には、他の工事に駆り出されたとみえて、その抗議に対し、東寺雑掌申、当寺掃除散所法師事、任度々之勅裁並康永二年十月卅日御書、被免‐除他役之処、為楼舎・築地雑色等、致催促云云。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
暦応は北朝の年号で、その五年は後村上天皇の興国三年に当り、四月二十八日に康永と改元されている。
— 木暮理太郎 『二、三の山名について』 青空文庫
この他|豊後の田野長者の千町牟田の類、昔話にも例は多く、古くは康永三年の『詫間文書』にも、肥後安富庄の蒲牟田などとあって、久しく用いられていた語であることがわかる。
— 柳田國男 『地名の研究』 青空文庫
しかし母の清子は康永元年の十二月に病歿しており、妻の登子や女の鶴王(頼子ともいう)は丹波へ難を避けさせておいたのでここにはいない。
— 黒白帖 『私本太平記』 青空文庫
――そしてその清子は、この年、康永元年十二月二十三日に亡くなった。
— 吉川英治 『随筆 私本太平記』 青空文庫
作例 · 標準
康永の時代に建てられたとされる仏像が、最近になって発見された。
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歴史の教科書で康永という元号を見て、当時の社会情勢を学ぶ。
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この古文書の奥付には、康永二年という日付が記されている。
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