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天保の飢饉

てんぽうのききん
名詞
1
標準
Tenpō famine (1833-1836)
文例 · 用例
次いで天保の飢饉になつても、天保七年五月十二日に大阪の貧民が米屋と富家とを襲撃し、同月十八日には江戸の貧民も同じ暴動をした。
森鴎外 大塩平八郎 青空文庫
また、野辺地の町でごらんになった二組の骸骨は、庄吉が夢に見るほど逢いたがっていた弟夫婦の成れの果てのすがただったので、たまさか故郷へ帰るなり、天明と天保の飢饉のあとを見て無常を感じ、急にとりとめなくなったと思う。
久生十蘭 ボニン島物語 青空文庫
徳川様ご入府時代の世の中、寛永|尚武の世の中、元禄の淫逸、田沼の作った悪政と賄賂の世の中、また、文化文政の全盛も世の中なら、天保の飢饉も、ある間の世の中じゃった」「そして――今か」「そうじゃ、今は、いまの江戸をよく見ればわかる。
吉川英治 松のや露八 青空文庫
作例 · 標準
天保の飢饉の際、多くの農民が苦しんだと記録されている。
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天保の飢饉は、社会に大きな混乱をもたらした。
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この地域は天保の飢饉の被害が特に大きかったようだ。
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