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秋津島

あきつしま異読 あきずしま・あきづしま
名詞
1
標準
Japan
文例 · 用例
そして、いちばんしまいに、とかげの形をした、いちばん大きな本州をおこしらえになって、それに大日本豊秋津島というお名まえをおつけになりました。
鈴木三重吉 古事記物語 青空文庫
太郎は今迄の母に窺はれた陰気な気色が、いつの間にか消え去つて、母ともおもへぬ程若々しく、「四面海モテ囲マレシ ワガ敷島ノ秋津島……」 斯んな唱歌をうたひながら、元気づいた。
牧野信一 サクラの花びら 青空文庫
秋津島やまとの民は外国と戦へば勝つ神随ならし雪ふかき荒野の上に御軍の臥すと思へば我も寒けしおなじ年、わが子大圓の征清軍隊慰問使として真言宗より遣され行くに。
與謝野禮嚴 禮嚴法師歌集 青空文庫
天ざかる鄙の長路ゆ恋ひ来れば、明石の海峡より大和島見ゆ(万葉巻三)といふ歌の、一番進歩した説明では、大和の国を、島と称したと云つてゐるが、秋津島その他が、水で取り囲まれてゐるからだと云ふのは、逆の考へ方である。
折口信夫 古代に於ける言語伝承の推移 青空文庫
……玲瓏と云うか崇厳と云うか、とにかく、あれは日の本の秋津島の魂の象徴だ。
加藤道夫 なよたけ 青空文庫
次に大倭豐秋津島一九を生みたまひき。
校註 古事記 古事記 青空文庫
〔孝安天皇〕 大倭帶日子國押人の命一、葛城の室の秋津島の宮二にましまして、天の下治らしめしき。
校註 古事記 古事記 青空文庫
次に大倭豐秋津島(本州)をお生みになりました。
現代語譯 古事記 古事記 青空文庫
作例 · 標準
万葉集には秋津島の秋の田のかりほの庵と詠まれ、この島国への深い愛着が伝わってくる。
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古の歌人は秋津島と呼んでこの国の美しさをたたえ、山河の恵みを詩に刻んだ。
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秋津島という雅称に込められた日本の自然への愛着を、国語の授業で先生が丁寧に説明してくれた。
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2
標準
Yamato Province
作例 · 標準
古代において秋津島は大和の地を指す言葉として用いられ、王権の中心を象徴していた。
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秋津島と呼ばれた大和の平野には、古墳や宮跡が今も数多く残っている。
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歴史小説の中で、遣唐使の一行が秋津島の山並みを船上から見納めながら唐へと旅立つ場面が描かれた。
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ウィキペディア曖昧さ回避

秋津島、秋津洲(あきつしま、あきづしま) 日本の本州の古代の呼称。日本最古の歴史書『古事記』(712年献上)では「大倭豊秋津島」(おおやまととよあきつしま)、また、同じく歴史書『日本書紀』(720年完成)では「大日本豊秋津洲」(おおやまととよあきつしま)と、表記している。国産み#比較表 「国産み神話」に関しては、国産みを参照。 現代の呼称が「本州」であるこの「島」そのものに関しては、本州を参照。 転じて、日本の異名の一つ。日本神話においては、神武天皇が国土を一望してトンボのようだと言ったことが由来とされている。(神話学者の松前健はもともとは吉野郡の蜻蛉の宮、秋津の野(「万葉集」)などで知られた地名が元だとしている。なお「古事記」雄略天皇の吉野の歌にも日本国をアキツシマと呼んでいる記事がある )→ トンボ#日本語名称 日本海軍の軍艦、秋津洲(あきつしま)。2.が名前の由来。 初代秋津洲 (防護巡洋艦)は、明治22年度計画で建造された三等巡洋艦。設計から建造までの全てを初めて日本国内で行った巡洋艦である。のち、二等海防艦→潜水艦母艇。 二代目秋津洲は水上機母艦。水上偵察機を搭載し運用する他の水上機母艦と違い、大型飛行艇を一時的に引き上げて補給や整備を行う飛行艇母艦であった。 海上保安庁のヘリコプター2機搭載型巡視船「あきつしま」。2.が名前の由来。平成22年度計画で建造された。 小惑星 (10727) アキツシマ。2.が名前の由来。1987年2月25日、日本の新島恒男と浦田武によって発見。 秋津島 (小説) は、鷹野祐希のライトノベル作品。 秋津島 (漫画) は、ホラーハウス(大陸書房)に連載されていたうつぎ鳥子の漫画作品。 あきつしま(歌集)は、千葉恒義の歌集。

出典: 秋津島 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0