東夷
あずまえびす異読 とうい
名詞
標準
warrior from the eastern parts of Japan
文例 · 用例
宇都野さんの歌はどう見ても大宮人の歌ではない、何処かしら東夷とでも云いたいような処があると私は思う。
— 寺田寅彦 『宇都野さんの歌』 青空文庫
東夷南蛮の類であり、毛唐人の仲間である。
— 寺田寅彦 『言葉の不思議』 青空文庫
当時は支那かぶれの荻生徂徠が、日本を東夷と称してゐた時代だが、春満の「ふみ分けよ、大和にはあらぬから鳥の、跡を見るのみ人の道かは」の一首は、実に彼の一生の抱負であるばかりでなく、門下から門下へと伝承して行くべき建学の根本精神であつた。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
この山のとなえをいつの頃よりか武甲と書きならわししより、終に国の名の武蔵の文字と通わせて、日本武尊東夷どもを平げたまいて後|甲冑の類をこの山に埋めたまいしかは、国を武蔵と呼び山を武甲というなどと説くものあるに至れり。
— 幸田露伴 『知々夫紀行』 青空文庫
子路はもとより東夷のような・蒼梧の人のような拙いことをするような人ではないが、昔の学問を修めないで意のままに事を行えば、心は善であるが行いが非となる事を、喩えを以って先生が諭されたのである。
— 幸田露伴 『悦楽(現代訳)』 青空文庫
『後漢書』東夷列伝に、〈倭韓の東南大海中にあり云々、その地おおむね会稽東冶の東にあり、朱崖|※耳と相近く、故にその法俗多く同じ云々、土気温暖、冬夏|菜茹を生じ牛馬虎豹羊|鵲なし〉。
— 馬に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
同じ『後漢書』東夷列伝に、辰韓は秦人(支那人)が馬韓より地を割き受けて立てた国で、〈牛馬に乗駕す〉と特書せるを見ると、当時韓地にも牛馬を用いぬ所があったので、千年ほど前出来た『寰宇記』に、琉球に羊と驢と馬なく、〈騎乗を知らず〉といえるもその頃そうであったのだ。
— 馬に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
『日本紀』に日本武尊東夷を平らげて碓日坂に到り、前日自身に代って水死した弟橘媛を追懐して東南を望み、吾嬬はや、と三たび嘆じた。
— 鶏に関する伝説 『十二支考』 青空文庫
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標準
eastern barbarians
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東夷(とうい)は、周代およびその後の中国東方の異民族の総称で、四夷の一つである。夷(い)。
出典: 東夷 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0