禄
ろく
名詞頻度ランク #18334 · 青空 530 例
標準
stipend
文例 · 用例
さすがに上吉田は、明藤開山、藤原|角行(天文十年―正保三年)が開拓して、食行身禄(寛文十一年―享保十八年)が中興した登山口だけあって、旧|御師町らしいと思わせる名が、筆太にしたためた二尺大の表札の上に読まれる、大文司、仙元房、大注連、小菊、中雁丸、元祖|身禄宿坊、そういった名が、次ぎ次ぎに目をひく。
— 小島烏水 『不尽の高根』 青空文庫
したがって、両語の発達を時代的に規定することが出来るかもしれない(『元禄文学辞典』『近松語彙』参照)。
— 九鬼周造 『「いき」の構造』 青空文庫
また、文化文政の美人の典型も元禄美人に対して特にこの点を主張した。
— 九鬼周造 『「いき」の構造』 青空文庫
「当世顔は少し丸く」と西鶴が言った元禄の理想の豊麗な丸顔に対して、文化文政が細面の瀟洒を善しとしたことは、それを証している。
— 九鬼周造 『「いき」の構造』 青空文庫
藤原時代の輪違模様、桃山から元禄へかけて流行した丸尽し模様なども同様に曲線であるために「いき」の条件に適合しない。
— 九鬼周造 『「いき」の構造』 青空文庫
まず、西鶴のいわゆる「十二色のたたみ帯」、だんだら染、友禅染など元禄時代に起ったものに見られるようなあまり雑多な色取をもつことは「いき」ではない。
— 九鬼周造 『「いき」の構造』 青空文庫
西鶴の人についてもあまりに何事も知らな過ぎるから、この際の参考のためにと思って手近にあった徳富氏著『近世日本国民史、元禄時代』を見ていると、その中に近松と西鶴との比較に関する蘇峰氏の所説があって、その一説に「西鶴のその問題を取扱うや、概して科学者の態度だ。
— 寺田寅彦 『西鶴と科学』 青空文庫
進んでその実証を求めるのが本当の科学者の道であろうが、それまでを元禄の西鶴に求めるのはいささか無理であろう。
— 寺田寅彦 『西鶴と科学』 青空文庫
作例 · 標準
江戸時代、武士の身分や裕福さは与えられる禄の多さによって明確に決まっていた。
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彼は大名から百石の禄を食む身でありながら、質素な生活を心がけていた。
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君主からの禄を失うことは、当時の武士にとって死活問題であった。
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