承応
しょうおう異読 じょうおう
名詞
標準
Shōō era (1652.9.18-1655.4.13)
文例 · 用例
然るところ去承応二年六丸殿は未だ十一歳におわしながら、越中守に御成り遊ばされ、御|名告も綱利と賜わり、上様の御覚目出たき由消息有之、かげながら雀躍候事に候。
— 森鴎外 『興津弥五右衛門の遺書(初稿)』 青空文庫
そこへ承応二年に戴曼公が支那から渡って来て、不治の病を治し始めた。
— 森鴎外 『渋江抽斎』 青空文庫
承応二年|和泉国熊取村五門に徙つて、世郷士を以て聞えてゐた。
— 森鴎外 『津下四郎左衛門』 青空文庫
其事のあつたのは、後光明天皇の承応三年であつた。
— 折口信夫 『橘曙覧評伝』 青空文庫
若衆歌舞伎が禁止されたのは少し遡つて承応元年のことであるが、それ以来、演劇的興行に対する政令の干渉は、殆ど枚挙する遑がないくらゐである。
— 岸田國士 『演劇と政治』 青空文庫
暫く事を歴史に徴するに、わが劇場の濫觴たる女歌舞伎の舞踊は風俗を乱すの故を以て寛永六年に禁止せられ、次に起りし美少年の若衆歌舞伎もまた男色の故を以て承応元年に禁止せられて野郎歌舞伎となりぬ。
— 永井荷風 『江戸芸術論』 青空文庫
父は梶内蔵丞と云い、承応元年九月、徳川の天下を覆そうとした烈士、別木荘左衛門の同志であった。
— 国枝史郎 『鸚鵡蔵代首伝説』 青空文庫
彼が幕府に仕えて後半世紀、承応三年(一六五四)に石川丈山に与えて異学を論じた書簡がある。
— ――キリシタン渡来文化前後における日本の思想的情況―― 『埋もれた日本』 青空文庫
作例 · 標準
承応の変は、江戸時代初期に浪人たちが幕府転覆を企てた未遂事件だ。
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承応年間には、玉川上水の開削という江戸のインフラ整備が進められた。
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家綱の将軍就任から数年後、承応の元号へと改められた。
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