畿内
きない
名詞
標準
Kinai (the five provinces in the immediate vicinity of Kyoto)
文例 · 用例
この災害のあとで、「班幣畿内諸神、祈止風雨」あるいは「向柏原山陵、申謝風水之※」といったようなその時代としては適当な防止策が行われ、また最も甚だしく風水害を被った三千百五十九家のために「開倉廩賑給之」という応急善後策も施されている。
— 寺田寅彦 『颱風雑俎』 青空文庫
今度の暴風で畿内地方の電信が不通になったために、どれだけの不都合が全国に波及したかを考えてみればこの事は了解されるであろう。
— 寺田寅彦 『天災と国防』 青空文庫
その語る言葉は、日本語にちがいなく、畿内、山陰、西南海道の方言がまじっていて聞きとりがたいところもあったけれど、かねて思いはかっていたよりは了解がやさしいのであった。
— 太宰治 『地球図』 青空文庫
廿日、辛卯、南京十五大寺に於て、衆僧を供養し、非人に施行有る可きの由、将軍家年来の御素願なり、今日京畿内の御家人等に仰せらると云々。
— 太宰治 『右大臣実朝』 青空文庫
天平六年四月には、畿内七道皆地震がし、同じく十七年四月には、美濃、摂津両国に地震があった。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
長政の忠臣遠藤喜右衛門、赤尾|美作などは、信長も昔の信長とは違う、今では畿内五州、美濃、尾張、三河、伊勢等十二ヶ国の領主である。
— 菊池寛 『姉川合戦』 青空文庫
既に秀吉は自ら京に留り、山崎宝寺に築城して居住し、宮廷に近づき畿内の諸大名と昵懇になり、政治に力を注いだから、天下の衆望は自ら一身に集って来た。
— 菊池寛 『賤ヶ岳合戦』 青空文庫
秀吉や柴田が、グズグズしている裡に、畿内を経営して、根拠を築き、毛利と誼を通じて秀吉を挾撃して、之を倒せば天下の勢い我に帰すべしと、光秀は思ったに相違なく、そう思ったことをあまり無理だと云えないところもある。
— 菊池寛 『山崎合戦』 青空文庫
作例 · 標準
歴史の授業で、畿内が日本の政治の中心だった時代について学んだ。
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古くから畿内には有力な寺社が多く建立された。
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畿内地方の気候は比較的温暖で、農業に適している。
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奈良時代、畿内を中心に文化が発展した。
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畿内(きない、きだい、うちつくに)では、日本と古代中国での用法について記述する。日本では、大君(おおきみ)を含む天皇が住む都の周辺の地域を指す呼称として用いられている。明治維新以降の東京周辺の地域を指す「首都圏」の概念に類似する。 律令時代に、大和国・山城国(平安遷都以前は山背国と表記)・河内国・和泉国(757年河内国より分離)・摂津国の令制5か国を指す呼称として用いられた。
出典: 畿内 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0