鎌倉幕府
かまくらばくふ
名詞
標準
Kamakura shogunate (1185-1333)
文例 · 用例
津軽に於いて、口三郡は鎌倉役であり、奥三郡は御内裏様御領で、天下の御帳に載らざる無役の地だつたと伝へられてゐるのは、鎌倉幕府の威力もその奥地に及ばず、安東氏の自由に委して、謂はゆる守護不入の地となつてゐたことを語つたものであらう。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
鎌倉幕府と元寇 平家の衰亡は、武家にして、藤原氏を学んで、大宮人としての弊害を承け継ぐと共に、土地を根拠とする武士自身の生活を忘れたためである。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
頼朝死後、頼家、実朝が相次いで非命に斃れ、鎌倉幕府の命運|将に傾むかんとするが如き情勢を示した。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
しかも泰時、時頼等の傑出した人物が相継いで執権となり、鎌倉幕府の全盛時代を現出した。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
承久の変に於ける不臣を敢てした鎌倉幕府が、かくも強大になつたことは、悲しむべきだが、武士の統制機関が出来るだけ、強大となつて、将に来らんとする皇国|未曾有の危機たる蒙古襲来に当らうとしてゐたことは、北條氏が、無意識の裡に行つてゐたせめてもの罪滅ぼしであらう。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
建武中興 元寇は、日本の輝しき大勝に終つたが、その戦禍を甚だしく受けたものは、戦勝の殊勲者たる鎌倉幕府それ自身であつた。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
文永弘安の両役に於ける莫大なる戦費は勿論、その前後に於ける辺海警備の費用、諸社寺に於ける祈祷に対する恩賞などで、鎌倉幕府の財政は、漸く窮乏を告ぐるに至つた。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
中にも、播磨の赤松則村は、京都の手薄を知り六波羅探題を襲はんとしたので、鎌倉幕府は驚いて足利尊氏、名越高家の両将に、兵を率ゐて救援に上洛せしめた。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
作例 · 標準
源頼朝が鎌倉幕府を開いたのは1192年だと教わったけど、今は1185年説が有力なんだって。
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鎌倉幕府の執権政治は、北条時頼の頃に全盛期を迎えたと言われている。
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「鎌倉幕府が崩壊した後、足利尊氏が新しい時代を切り拓いたんだよね」
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御家人たちの不満が溜まったことが、鎌倉幕府の基盤を揺るがす原因になった。
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