白鳳時代
はくほうじだい
名詞
標準
Hakuhō period (esp. used as a period of art history, approx. 645-710 CE)
文例 · 用例
したがってそれは太子時代のものではなく、同種の古瓦を出す軽寺などとともに、所謂白鳳時代の様式と見るべきものであるかもしれぬ。
— 喜田貞吉 『法隆寺再建非再建論の回顧』 青空文庫
もっともそれが案外本音であって、白鳳時代か奈良朝の初期か、いずれにしてもその頃の歴史も美術もしらない私たちが、鑑賞しようなどというのは少し大それた考えなのであろう。
— 中谷宇吉郎 『壁画摸写』 青空文庫
この問題の解決は、日本という国が明確に成立した時代――すなわち美術史上にいわゆる白鳳時代――を理解する鍵となるであろう。
— 和辻哲郎 『古寺巡礼』 青空文庫
しかし金堂から東院堂への途中には、白鳳時代大建築の唯一の遺品である東塔が聳えている。
— 和辻哲郎 『古寺巡礼』 青空文庫
現存の遺品こそ少ないが、これらの白鳳時代の芸術は、まことに世界の驚異である。
— 和辻哲郎 『古寺巡礼』 青空文庫
天平時代の一面を光明后に代表させるごとく白鳳時代の一面をもまたその母夫人に代表させていいならば、この廚子に残された夫人の愛情は、藤原京生活の半面を暗示するのである。
— 和辻哲郎 『古寺巡礼』 青空文庫
むしろ白鳳時代のもののように、精妙な写実を行なっているのである。
— 和辻哲郎 『古寺巡礼』 青空文庫
この意味から我々は天平様式の名によって白鳳より天平に至る諸美術の様式を言い現わし、いわゆる白鳳時代を前期、奈良朝特に聖武孝謙時代を後期として、この間に同一様式内の開展があると考える。
— 和辻哲郎 『日本精神史研究』 青空文庫
作例 · 標準
法隆寺の仏像は白鳳時代に作られたものが多い。
幻辭AI · gemini-2.5-flash
日本の美術史において、白鳳時代は独自の様式を持っていた。
幻辭AI · gemini-2.5-flash
白鳳時代の彫刻は、大陸文化の影響を色濃く受けている。
幻辭AI · gemini-2.5-flash