飛鳥時代
あすかじだい
名詞
標準
Asuka period (550-710 CE)
文例 · 用例
聖徳太子の飛鳥時代以来、平安初期にかけての支那文物の渡来は、夥しいものがあり、日本の美術、工芸、文物制度は、殆んど唐に劣らない程度に達してゐたのではないかと思はれる。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
飛鳥天平のころには、このような生地の類例がなく、これが現存する断裂の大部をしめているとみるとき、飛鳥時代本来の分は余程縮少される。
— 矢田津世子 『※女抄録』 青空文庫
八日本に於て、最危い支那化の熱の昂まつてゐたのは、飛鳥時代の前後を通じての事で、殊に末に行く程激しさを加へた。
— 折口信夫 『叙景詩の発生』 青空文庫
よし純粋に、職業化はして居なくとも、官人の中、新作の大歌を要する場合に、極つて製作を命ぜられる人が、飛鳥時代以後には、もう見え出したと思はれる。
— 折口信夫 『万葉集のなり立ち』 青空文庫
通常の語序をとつた文章では、先行する筈の語の、反対に後置せられてゐると言つてよい形の熟語が、飛鳥時代にあつたことの想像せられる程、其に続く長い時代に渉つて生きて居り、或はもつと後世までも、固定して熟語として残つたことも考へられるのである。
— 折口信夫 『日琉語族論』 青空文庫
丸鑿は、製作上の実際から考えると飛鳥時代にはなく、飛鳥時代は平鑿ばかり使ったのだろうと思う。
— 高村光太郎 『回想録』 青空文庫
飛鳥時代のものは鼻下の人中のような処でも三角に彫ってあり、何処にも丸鑿を使った形跡がない。
— 高村光太郎 『回想録』 青空文庫
飛鳥時代の彫刻は、平鑿で削ってゆく清浄さ、その清浄な気持でやったから、丸鑿など思いもよらなかったのだろうと思う。
— 高村光太郎 『回想録』 青空文庫
作例 · 標準
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ウィキペディア
飛鳥時代(あすかじだい)は、日本の歴史の時代区分の一つ。広義には、難波宮や飛鳥に宮都が置かれていた崇峻天皇5年(592年 )から和銅3年(710年)にかけての118年間を指す。狭義には、聖徳太子が摂政になった推古天皇元年(593年)から藤原京への遷都が完了した持統天皇8年(694年)にかけての101年間、または推古天皇元年(593年)から和銅3年(710年)にかけての117年間を指す。
出典: 飛鳥時代 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0