大宝律令
たいほうりつりょう
名詞
標準
Taiho Code (701 CE)
文例 · 用例
近江令であり、文武天皇の御代に出来た大宝律令の根本を成すものである。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
近江朝廷の令にしても、大宝律令にしても漢文で記されねばならなかったし、詔勅も上奏も太政官符も戸籍も歴史も、すべて支那文化に則る政治風教の百科の事務はみな漢文の記録にたよらなくてはならなかった。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
作例 · 標準
大宝律令の制定によって、二官八省という中央官制が整えられ、日本は本格的な中央集権国家へと進んだ。
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地方の行政組織や複雑な税制も大宝律令によって細かく規定され、公地公民に基づく支配が徹底された。
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日本史上初めての組織的な体系を持つ法典である大宝律令は、その後の政治制度の基礎を築いた。
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ウィキペディア
大宝律令(たいほうりつりょう)は、701年(大宝元年)に制定された日本の律令。「律」6巻、「令」11巻の全17巻。唐の律令を参考にしたと考えられている。
出典: 大宝律令 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0