洛中
らくちゅう
名詞
標準
inside the capital
文例 · 用例
しかし『永代蔵』中の一節に或る利発な商人が商売に必要なあらゆる経済ニュースを蒐集し記録して「洛中の重宝」となったことを誌した中に、「木薬屋呉服屋の若い者に長崎の様子を尋ね」という文句がある。
— 寺田寅彦 『西鶴と科学』 青空文庫
――なから舞いたりしに、御輿の岳、愛宕山の方より黒雲にわかに出来て、洛中にかかると見えければ、―― と唄う。
— 泉鏡花 『伯爵の釵』 青空文庫
廿九日、丁卯、兵衛尉清綱、昨日京都より下著し、今日御所に参る、是随分の有職なり、仍つて将軍家御対面有り、清綱相伝の物と称して、古今和歌集一部を進ぜしむ、左金吾基俊書かしむるの由之を申す、先達の筆跡なり、已に末代の重宝と謂ひつ可し、殊に御感有り、又当時洛中の事を尋ね問はしめ給ふ。
— 太宰治 『右大臣実朝』 青空文庫
世の中は漸く押詰って、人民安からず、去年は諸国に盗賊が起り、今年は洛中にて猥りに兵器を携うるものを捕うるの令が出さるるに至った。
— 幸田露伴 『連環記』 青空文庫
――どれ、茶漬けの馳走にあずかりましょうかな」 宝蔵院漬けの茶漬けに味をしめた佐助は、その日の昼食を、奈良から一足飛びに飛んだ京の都、今出川畔、当時洛中に噂の高い、その名も富田無敵という男の道場で、したためた。
— 織田作之助 『猿飛佐助』 青空文庫
晩飯は同じく四条、元室町出仕の吉岡憲法の道場、翌日の朝飯は百万遍、舎利無二斎の道場と洛中の道場を一つ余さず食べつくした挙句、やがて京の都を今日(京)を限りに大坂へ現われた時に既にアバタの茶漬け侍の威名は、その醜いアバタ面の噂と共に、大坂中に鳴り響いていた。
— 織田作之助 『猿飛佐助』 青空文庫
花ならば咲きも残らず散りも初めぬ十九の春という評判が、日本国中津々浦々までも伝わって、毎年三月の花の頃になると満月の道中姿を見るために洛中洛外の宿屋が、お上りさんで一パイになる。
— 夢野久作 『名娼満月』 青空文庫
島原の花魁道中の前の日の事とて、洛中洛外が何とのう、大空に浮き上って行きそうな気はいが、二人の泊っている木賃宿のアンペラ敷の上までも漂うていた。
— 夢野久作 『名娼満月』 青空文庫
作例 · 標準
洛中の古い町家を改装したカフェで、静かな午後のひとときを過ごす。
幻辭AI · gemini-3-flash-preview
祇園祭の山鉾巡行は、洛中のメインストリートを華やかに彩る。
幻辭AI · gemini-3-flash-preview
洛中の細い路地を散策していると、思わぬところに歴史的な石碑を見つける。
幻辭AI · gemini-3-flash-preview
ウィキペディア
洛中(らくちゅう)とは、京都の市中を指す呼び名。日本の平安時代に文学上の雅称として平安京を中国の都に擬えて「洛陽」と呼んだことから派生した言葉で、概ね中世以降に用いられる。その示す地理的範囲は時代ごとに違いがある。また、公・官・民、それぞれの立場からも認識の違いがみられる。洛中に対して、洛中に続く外縁地域を洛外と呼んだ。
出典: 洛中 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0