江戸城
えどじょう
名詞
標準
Edo Castle (residence of the Shogun during the Edo period, now the site of the Tokyo Imperial Palace)
文例 · 用例
第一かく申すめの公も、江戸城を明渡しの、落人を極めた時分、二年越居た事がありますぜ。
— 泉鏡花 『婦系図』 青空文庫
慶安には元年四月に相模、武蔵、山城、同二年二月に伊予、安芸、山城、その六月に武蔵、下野、この翌月に武蔵の大地震があったが、六月の地震には江戸城の石垣が崩れ、諸大名の屋敷町屋が潰れたので、江戸の人心に動揺の兆があった。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
この火に江戸城の本丸並びに二三の丸も焼けたので、将軍家綱は西の丸に避難した。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
大総督宮江戸城に入らせ給ふ。
— 森鴎外 『能久親王年譜』 青空文庫
明治元年といえば鳥羽伏見の戦を初め、江戸城の明渡、会津征伐等、猫の眼の如く変転する世相、物情騒然たる時節であったが、その中に、かほどの名誉ある優遊を藩公と共にしていた翁の感懐はどんなものであったろうか。
— 夢野久作 『梅津只圓翁伝』 青空文庫
これは江戸城明け渡しの因縁に依って、それを逆に行こうと云うわけであったが、勝が「全権を余に委任する上は、西郷の意を容れなければいけない。
— 菊池寛 『田原坂合戦』 青空文庫
団右衛門も名代の豪傑であるが、大隅も幽霊から力を授ったと云う大豪の士で、その後江戸城普請の時、大隅受持の石垣がいく度も崩れるので、秀忠から文句を云われたとき「自分が鵄の尾の槍を以て陣したときは、一度も崩れたことがないが、石垣は無心のもの故是非に及ばない」と豪語した男である。
— 菊池寛 『大阪夏之陣』 青空文庫
が、慶喜は、フランスの援助を拒絶したし、血気に逸る旗本の将士を慰撫し、あくまでも絶対無抵抗主義をとつて、慶応四年(明治元年)四月十一日には、本拠江戸城をも官軍に引渡し、郷国水戸に退いて、弘道館の一室に退隠してゐるのである。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
作例 · 標準
江戸城の跡地に広がる皇居は、都会のオアシスのようだ。
幻辭AI · gemini-2.5-flash
昔の絵図を見ると、壮大な江戸城の姿がよくわかる。
幻辭AI · gemini-2.5-flash
徳川家康が築いた江戸城は、日本の歴史において重要な役割を果たした。
幻辭AI · gemini-2.5-flash