連歌
れんが
名詞頻度ランク #43352 · 青空 363 例
標準
renga (early Japanese poetry form)
文例 · 用例
この庵の創始者の宗長は、連歌は宗祇の弟子で禅は一休に学んだというが、連歌師としての方が有名である。
— 岡本かの子 『東海道五十三次』 青空文庫
「室町も末になって、乱世の間に連歌なんという閑文字が弄ばれたということも面白いことですが、これが東国の武士の間に流行ったのは妙ですよ。
— 岡本かの子 『東海道五十三次』 青空文庫
都から連歌師が下って来ると、最寄々々の城から招いて連歌一座所望したいとか、発句一首ぜひとか、而もそれがあす合戦に出かける前日に城内から所望されたなどという連歌師の書いた旅行記がありますよ。
— 岡本かの子 『東海道五十三次』 青空文庫
私はそれよりも宗長という連歌師が東国の広漠たる自然の中に下ってもなお廃残の京都の文化を忘れ兼ね、やっとこの上方の自然に似た二つの小峰を見つけ出してその蔭に小さな蝸牛のような生活を営んだことを考えてみた。
— 岡本かの子 『東海道五十三次』 青空文庫
俳句の季題と称するものは俳諧の父なる連歌を通して歴史的にその来歴を追究して行くと枕草子や源氏物語から万葉の昔にまでもさかのぼることができるものが多数にあるようである。
— 寺田寅彦 『日本人の自然観』 青空文庫
短歌から連歌への変遷もやはり一種の進化と見られる。
— 寺田寅彦 『俳句の型式とその進化』 青空文庫
俳句の十七字詩形を歴史的にさかのぼって行くと「俳諧の発句」を通して「連歌の発句」に達し、そこで明白な一つの泉の源頭に行き着く。
— 寺田寅彦 『俳句の精神』 青空文庫
明智光秀も信長を殺す前には愛宕へ詣って、そして「時は今|天が下知る五月かな」というを発句に連歌を奉っている位だ。
— 幸田露伴 『魔法修行者』 青空文庫
作例 · 標準
古典文学の授業で、複数人で句を詠み継いでいく連歌の形式を学んだ。
Illusions AI · gemini-2.5-pro
昔の貴族たちは、月を愛でながら連歌を詠む会を催した。
Illusions AI · gemini-2.5-pro
彼の付けた句が見事だったので、連歌の会は大いに盛り上がった。
Illusions AI · gemini-2.5-pro
ウィキペディア
連歌(れんが)は、日本の古来に普及した伝統的な詩形の一種。5・7・5の発句と7・7の脇句の,長短句を交互に複数人で連ねて詠んで一つの歌にしていく。奈良時代に原型ができ、平安時代半ばに長短2句を唱和する短連歌が流行して、やがて連ねて長く読まれる長連歌になり、鎌倉時代初期に50、100、120句と連ね、同後期に100句を基本型とする形式の百韻が主流となる。南北朝時代から室町時代にかけて大成されたが、戦国時代末に衰えた。多人数による連作形式を取りつつも、厳密なルール(式目)を基にして全体的な構造を持つ。百韻を単位として千句、万句形式や五十韻、歌仙(36句)形式もある。和歌の強い影響の下に成立し、後に俳諧の連歌や発句(俳句)がここから派生している。
出典: 連歌 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0