応身
おうじん
名詞
標準
nirmanakaya (response body, form taken by a buddha according to the capabilities of those who are to be saved)
文例 · 用例
そこで、これを「応身の仏陀」と言います。
— 岡本かの子 『仏教人生読本』 青空文庫
応身とは、人間に相応して生れ、人々を教化せられる仏陀ということでありまして、人間に相応ずる以上、人間の肉体を持ち、人間の喜怒哀楽を備え、お腹も減り、病気もされる仏陀であります。
— 岡本かの子 『仏教人生読本』 青空文庫
法身の仏陀と応身の仏陀とは、一つであることを発見いたします。
— 岡本かの子 『仏教人生読本』 青空文庫
これは釈尊が、応身の仏陀の位置から、法身の仏陀の説法を取次がれるところから、こういう第二人称の敬語を用いられるので、自覚された仏陀が、いかに自身とは言え、その自覚を尊ばれ敬重の念を払われたところに何とも言えない奥床しさを感ずるのであります。
— 岡本かの子 『仏教人生読本』 青空文庫
さて、世の中には、法身と応身との仏陀があり、自覚した釈尊においては、この二つのものが一つになっていることが判りました。
— 岡本かの子 『仏教人生読本』 青空文庫
言い換えれば、如何にして応身と法身とを一致させたか。
— 岡本かの子 『仏教人生読本』 青空文庫
すると、水門口を開けば堀の水と川の水とが自然に連絡するように、法身と応身とは一つになれるのだ。
— 岡本かの子 『仏教人生読本』 青空文庫
要するに、後世の仏教学者は、「応身の釈尊が法身を得られたのは、報身の仲介によって得られたのだ。
— 岡本かの子 『仏教人生読本』 青空文庫
作例 · 標準
例句