開闢
かいびゃく異読 かいひゃく
名詞
標準
beginning of the world
文例 · 用例
天然の色彩を写したいという事は写真というものの開闢以来の希望であったが、始めて一つの名案を出して喝采を博したのは仏のリップマン氏である。
— 寺田寅彦 『天然色写真新法』 青空文庫
例えば現代の分子説や開闢説でも古い形而上学者の頭の中に彷徨していた幻像に脈絡を通じている。
— 寺田寅彦 『科学上の骨董趣味と温故知新』 青空文庫
おそらく開闢以来の長い手紙であろう。
— 寺田寅彦 『話の種』 青空文庫
最も興味あるは宇宙の生成に関する開闢論的考察である。
— 寺田寅彦 『ルクレチウスと科学』 青空文庫
開闢論、天体論の次には、この世界における生物の発生進化の解説が展開されている。
— 寺田寅彦 『ルクレチウスと科学』 青空文庫
――そして今彼の三人の紳士が、日本開闢以來の新事實たる意味深き事件を、たゞ單に「今度の事」と言つた。
— 林中の鳥 『所謂今度の事』 青空文庫
また一年の前なり、その村の祝勝提灯行列の夜、幾百の村民が手に手に紅燈を打ふりて、さながら大火竜の練り行くが如く、静けき村路に開闢以来の大声をあげて歓呼しつゝ家国の光栄を祝したる事あり。
— 石川啄木 『閑天地』 青空文庫
あらためて申すに及ばねど、わが日本|開闢以來、はじめて舞樂のおもてを刻まれたは、勿體なくも聖徳太子、つゞいて藤原淡海公、弘法大師、倉部の春日、この人々より傳へて今に至る、由緒正しき職人とは知られぬか。
— 岡本綺堂 『修禪寺物語』 青空文庫
ウィキペディア
『開闢』(かいびゃく)は、1920年に創刊された朝鮮の雑誌。通巻81号。文芸同人誌ではない本格的な総合雑誌であり、1920年代の朝鮮文壇に最も大きな貢献をした雑誌である。多くの文士たちが『開闢』を作品の発表の場とし、それだけに日本(大日本帝国)の取締りも厳しいものであった。
出典: 開闢 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0