後周
こうしゅう異読 ごしゅう
名詞
標準
Later Zhou dynasty (of China; 951-960)
文例 · 用例
「後周趙王の女玉姨の墓、平生王氏の外甥を憐重す、外甥先だって歿す、後、外甥と同じに葬らしむ」 中には二つの棺があった。
— 田中貢太郎 『崔書生』 青空文庫
貝原益軒は、猫は至って不仁の獣なるも他の猫の孤児を乳養するは天性の一長と称讃したが(『大和本草』一六)、『後周書』に、陸逞|京兆尹たりし時都界の豕数子を生み、旬を経て死す。
— 猪に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
後周の世宗の時である。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
その百十八 わたくしは慧琳音義が唐に成り後周に亡び、契丹より朝鮮に入り、朝鮮より日本に来たことを語つた。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
難平いで後、季は鍾建に負れて、既に彼此接觸したから、鍾建の外に男子には嫁し難しと主張して、遂に鍾建に降嫁したことがある(『左傳』定公五年條、『資治通鑑』後周紀二參觀)。
— 桑原隲藏 『支那人間に於ける食人肉の風習』 青空文庫
後周は、一度刑名律なる名称を復したけれども、隋唐以来清朝に至るまで、皆北斉の例に倣って、刑法の通則を名例律の中に置いたから、法例という題号は久しく絶えたのであった。
— 穂積陳重 『法窓夜話』 青空文庫
それから百濟の國のことを支那の方で書きました後周書、隋書、北史などに依りますと、百濟の國の起り初めを温祚でなくして、仇台といふ人が百濟の國を起したのである。
— 内藤湖南 『近畿地方に於ける神社』 青空文庫
総勢の隊伍を、第一班から第六班までの備えに編み、騎馬の使番に絶えず前後周囲を見回らせ、隊列の整頓と行進の合図には拍子木を用いることなぞ皆この人の精密な頭脳から出た。
— 第一部下 『夜明け前』 青空文庫
作例 · 標準
後周は、五代十国時代の最後の王朝だった。
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宋の太祖は、後周の禅譲を受けて即位した。
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後周の時代、中国では内乱が続いていた。
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ウィキペディア
後周 は、中国の王朝で、五代の最後の王朝である。国号は単に周であるが、古代の周と区別するために後周と呼ぶ。都は開封にあった。
出典: 後周 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0