科挙
かきょ
名詞
標準
Chinese higher civil service examinations
文例 · 用例
宣揚は従来にない幸福を感じて、夫人を傍からはなさなかったが、朝鮮の風習として結婚した両班の子弟は、すぐ山寺へ往って独居生活を始め、科挙に応ずることのできるように学問文章を修めることになっているので、宣揚もしかたなく夫人を家に残して山寺へ往った。
— 田中貢太郎 『悪僧』 青空文庫
「お判りになりましたか」「よく判りました」「それさえ覚えておれば、必ず及第いたします」 李張は科挙に及第して文官になったが、鄭宰相が陰に陽に推輓してくれるのでめきめきと栄達した。
— 田中貢太郎 『悪僧』 青空文庫
旅費に窮している世高は、そこで世話になって科挙に応ずることになり、読書に心をひそめていたが、やがてその日がきたので、試験に応じてみると及第して高科に擢んでられた。
— 田中貢太郎 『断橋奇聞』 青空文庫
朱は後に三たび礼とは礼部の試のことで、各省の挙人、即ち郷試の及第者を京師に集めて挙行するいわゆる科挙のことであるが、それは礼部で掌っているから礼※というのであった。
— 田中貢太郎 『陸判』 青空文庫
科挙に及第して進士なんだ。
— ――十四の場面―― 『安重根』 青空文庫
元来閭は科挙に応ずるために、経書を読んで、五言の詩を作ることを習ったばかりで、仏典を読んだこともなく、老子を研究したこともない。
— 森鴎外 『寒山拾得』 青空文庫
著述の考うべきものにも、『痘科挙要』二巻、『痘科|鍵会通』一巻、『痘科|鍵私衡』五巻、抽斎をして筆授せしめた『護痘要法』一巻がある。
— 森鴎外 『渋江抽斎』 青空文庫
望児山とも望小山とも云ひ、昔|科挙(官吏登庸試験)に応じて都へ行つた子の帰るのを、其母が此山に登つて日日待ちこがれながら終に悶死したと云ふ伝説を以て有名な山である。
— 附 満蒙の歌 『満蒙遊記』 青空文庫
作例 · 標準
中国の歴史ドラマを見ていると、科挙に合格する難しさがよく描かれている。
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彼は貧しい出身ながらも猛勉強し、見事科挙に首席で合格したと伝えられる。
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唐の時代、科挙は知識人にとって立身出世の唯一の道だった。
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ウィキペディア
科挙 とは、中国で598年 - 1905年、すなわち隋から清の時代まで、約1300年間にわたって行われた官僚登用試験である。同様の制度は中国だけでなく、朝鮮、ベトナムにも普及した。
出典: 科挙 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0