寛永
かんえい
名詞
標準
Kan'ei era (1624.2.30-1644.12.16)
文例 · 用例
日曜の午後に谷中へ行ってみると寛永寺坂に地下鉄の停車場が出来たりしてだいぶ昔と様子がちがっている。
— 寺田寅彦 『子規自筆の根岸地図』 青空文庫
津浪の恐れのあるのは三陸沿岸だけとは限らない、寛永安政の場合のように、太平洋沿岸の各地を襲うような大がかりなものが、いつかはまた繰返されるであろう。
— 寺田寅彦 『津浪と人間』 青空文庫
無論昔のことでありますから、『万葉集』にしても寛永年間に刊行された版本を見ただけであります。
— 橋本進吉 『古代国語の音韻に就いて』 青空文庫
寛永寺の鴉より近い処にビッシェール、ロート。
— 寺田寅彦 『二科狂想行進曲』 青空文庫
江戸でも慶長寛永寛政文政のころの記録がある。
— 寺田寅彦 『化け物の進化』 青空文庫
この菜の花の平野に囲まれた清艶な小都市に、復一は滞在して、いろいろ専門学上の参考になる実地の経験を得たが、特に彼の心に響いたものは、この郡山の金魚は寛永年間にすでに新種を拵えかけていて、以後しばしば秀逸の魚を出しかけた気配が記録によって覗えることである。
— 岡本かの子 『金魚撩乱』 青空文庫
「寛永時分からあった菱垣廻船の船問屋で残ったものは、手前ども堺屋と、もう二三軒、郡屋と毛馬屋というのがございましたそうですが……」 しかし、幕末まえ頃まで判っていたその二軒も、何か他の職業と変ったとやらで、堺屋は諸国雑貨販売と為替両替を職としていた。
— 岡本かの子 『河明り』 青空文庫
津軽第一の海港にしようとして、外ヶ浜奉行がその経営に着手したのは寛永元年である。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
作例 · 標準
この古文書は、寛永年間に書かれたものらしい。
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寛永文化は、江戸時代初期における学問や芸術が栄えた時代を指す。
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寛永の時代には、鎖国体制が確立されていった。
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彼の先祖は、寛永の大飢饉を経験したと伝えられている。
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ウィキペディア
寛永 (かんえい、正体字:寛󠄁永)は、日本の元号の一つ。元和の後、正保の前。1624年から1644年までの期間を指す。この時代の天皇は後水尾天皇、明正天皇、後光明天皇。江戸幕府将軍は徳川家光。
出典: 寛永 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0