南朝
なんちょう
名詞
標準
Southern Court (of Japan; 1336-1392)
文例 · 用例
然れども其の意を立て材を排する所以を考うるに、楠氏の孤女を仮りて、南朝の為に気を吐かんとする、おのずから是れ一大文章たらずんば已まざるものあるをば推知するに足るあり。
— 幸田露伴 『運命』 青空文庫
月君が建文帝の為に兵を挙ぐるの事は、姑摩媛が南朝の為に力を致さんとするの藍本たらずんばあらず。
— 幸田露伴 『運命』 青空文庫
戦乱の末期 此の戦乱の後期で注目す可きは賊軍の悪名を受けた西軍が南朝の後裔を戴いたことである。
— 菊池寛 『応仁の乱』 青空文庫
とに角斯かる伝奇的な若武者が、既に遠い南朝の夢を懐いて、吉野の附近に徘徊して居たと云うことだけで、如何にも深い感興を覚えるのである。
— 菊池寛 『応仁の乱』 青空文庫
尚、宋学は当時後醍醐天皇初め南朝公家の間に盛に行われて居たから、正成は天皇と同系統の学問をして居たことになる。
— 菊池寛 『四条畷の戦』 青空文庫
正成|夙に戦死し、続いて北畠|顕家は和泉に、新田義貞は北陸に陣歿し、今や南朝は落漠として悲風吹き荒び、ひたすら、新人物の登場を待って居た。
— 菊池寛 『四条畷の戦』 青空文庫
南朝恢復の重任を以て任じて居たものの、正行も、到底勝つべき戦とは思っていなかったであろう。
— 菊池寛 『四条畷の戦』 青空文庫
それだけに此の悲報は南朝にとっては大打撃であった。
— 菊池寛 『四条畷の戦』 青空文庫
作例 · 標準
吉野の山に逃れた後醍醐天皇によって、南朝が樹立された。
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南北朝時代の動乱期、南朝と北朝の正当性を巡って激しい争いが続いた。
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歴史の教科書で、南朝側の忠臣として名高い楠木正成について学んだ。
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標準
Southern Dynasties (of China; 420-589)
作例 · 標準
中国の南北朝時代において、建康を首都とした宋・斉・梁・陳を南朝と呼ぶ。
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南朝の文化は優雅で、多くの詩人や画家を輩出した。
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北朝の武力に対し、南朝は文化的な優位性を保っていたとされる。
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